傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

仲間と友だちのあいだ

 あのさあ、友だちってどうやって作ってる? 作り方教えてくんない?

 そう訊かれて少し驚いた。この友人はわたしなどよりよほど友だちが多いからである。なぜわたしに訊くのか。あなたの半分も、いやたぶん四分の一も友だちいませんよ。
 仲間はいっぱいいる、と彼は言う。おれがほしいのは友だち。新しい友だちがほしいの。
 どういうことかと尋ねれば、芝居がかった真顔で「では『男はつらいよトーク』をします」と言う。しなよとわたしは言う。

 彼が言うには、同性の「仲間」の九割について、その内面を知らないのだそうである。履歴は知っている、仕事も知っている、住んでいる場所も知っている、その場に固有のノリがある(たとえば同じ高校時代の友だちでも、部活のノリとクラスで仲の良かったグループのノリは異なる)、家族関係もだいたい知っている。
 彼は言う。
 でもねえ、自分の内面については、しゃべってくれないんだ。中学校時代の友だちから会社の同期、先輩後輩、社会人サークルまで、共通してそんなふうなんだ。がんばって推測するにも限度があるんだよ、だってあいつらすぐ「キャラ」をやるんだもん。キャラはどうでもいいんだよ。毎日何を考えていて何が好きで何が嫌いで、どのあたりに許せないポイントがあって、日々どんな感情を動かしていて、そこにはどんな特徴があるかが知りたいの。
 わたしはいささか面食らう。つまり人格がわからないということか。長く話をしているのにそんなことがあるのか? 
 そのようなことを尋ねると、彼は「女にはわかんないよ」と小学生のようなことを言う。今どきの小学生はそんなこと言わなさそうだが。
 彼は話す。

 おれ十代のうちに女の友だちのおしゃべりに学んだとこある、女の子はおしゃべりができる、なんだろ、感情の手渡し方がうまい、軽い話でも深刻な話でも上手にできる、そして気づいたらおれは手元に彼女たちの人格のざっくりした模型みたいなものを作ってる、「そのせりふを言われたらこいつはこういうふうに受け取って信じられないくらい怒るだろうな」みたいな感じで使う模型を。
 「普通じゃん」みたいな顔してんね。だから言ったろ、女にはわかんないって。男の九割は、やらないんだ、それ。模型の素材をくれない。おれがそこまで親しくないから内面の話をしないんだろうと思って、奥さんとかにはやってるだろうと思って、奥さんに聞いてみたこともあるんだけど、ないみたいだった。会話の内容が今現在の事実と過去の事実つまり昔話、あとノリに即したお決まりっぽいやりとり。ザッツ・オール。ね、そしたら仲間であっても友だちとは思えないよ、おれは。
 同じ男の「仲間」でも、残り一割は内面の話をしてくれる。女の子たちみたいに巧みじゃなくても、彼らなりに話してくれる。そしたらサシで遊ぶのも楽しくなる。おれのカウントでは彼らが友だちなんだ。だから少ない。そして数少ない友だちは引っ越ししたりして会いにくくなることもあるし、おれどころじゃない大変な状況に陥ることもある。おれが長生きしたらひとりずつ死んでいく。だから大人は友だちを随時追加すべきだと、おれは思うんだ。さみしいのいやだもん。

 なるほどねえ、とわたしは言う。内面の話をするのは、おっしゃるとおり女のなりで生きてるわたしにとっては普通の友人関係ですよ。自分の数少ない男の友だちとか歴代彼氏とかがものすごいおしゃべり野郎ばかりだったから、いま言われたようなことは全然気づかなかったよ。なるほどたしかに「男はつらいよ」案件だわ。
 しかもさあ、と彼は言う。自分の愚痴を許されたと確信したようで、眉間が間抜けなかたちに緩み、それから「まだ『つらいよトーク』するよ」という意味で記号的にしかめられる。
 仮に九割が仲間になれても友だちになれないタイプだとしたら、この先友だちを作るハードルが高いんで、いやになっちゃうんだよ。一割をあてにいかなくちゃいけない。
 そりゃ、たいへんそうだねえ。わたしがそのように言うと、それー、と彼は言う。だからせめて効率を上げたい。
 女性の友人を増やすほうがラクなのではないかと尋ねると、男がいいんだよお、と彼は言う。女の友だちはね、もうけっこういるし、うん、きみとかもそう、で、今後も作れると思う、男やってるから誤解されたり警戒されたりする面倒くささはあるけど、そのハードルはクリアできる、おれは男の友だちを追加したいんだ。ねえ三十超えてから友だちってどこで釣ってる?