疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。わたしは家に人を呼んで手料理を振る舞うのが好きなのだけれど、それもほぼ控えている。
ほぼ、というのは例外があるからそう言うので、エリカちゃんだけは可としている。
エリカちゃんはわたしの娘の同級生である。
エリカちゃんをわたしに紹介するとき、娘は神妙な顔して、「ママ、偏差値50ちょっとの女子大学ってところにはね、いろいろな人間がいるの」と言ったものである。わたしは首をかしげた。お行儀のいいしっかりしたお嬢さんばかりという印象を持っていたからだ。
わたしがそうこたえると、娘は、真面目がとりえの子がほとんどではある、と言う。ただし、たまに変わった子がいる。偏差値50ちょっとの大学には推薦入試枠があって、それで入る子はだいたい一般入試よりさらに堅実なんだけど、なんかの間違いで入って来ちゃったみたいな子がたまにいるの。うん、そう、エリカはね、しっかりしてない。はっきり言っておばか。まじ一人暮らししちゃいけない。でもしてる。だから連れてくる。野菜いっぱい食べさせたいの。
エリカちゃんはたしかに食生活に無頓着だった。ダイエット〜と言ってマクドナルドのセットを一回食べてあとはなにも食べずに一日を過ごしたりする。わたしが食事をふるまうと「野菜なのにおいしい」と言って、赤ちゃんみたいな顔して笑う。
エリカちゃんの友人はわたしの娘だけでなく、大学に「エリカサポート部隊」とでも呼ぶべき女の子たちがいて、ノートを貸したり、グループワークをフォローしてあげたり、「今日はもう飲まないほうがいい」と酒量をコントロールしたり、「その男はやめとき」と彼氏の判定をしたりする。
そう、エリカちゃんはわりとだめな子で、そしてものすごく愛されやすい子なのである。
エリカちゃんの実家は名古屋のお金持ちで、アルバイトもせず裕福な一人暮らしを送っているが、女友達に奢るタイプではない(むしろあれこれもらっている)。あの年頃の女の子たちが好きな洗練された外見というわけでもない。清くも正しくもない(夜の街で遊ぶのが好きで、すぐろくでもない彼氏を作る)。それなのに真面目な女子大生たちはエリカちゃんが大好きなのである。
かく言うわたしもエリカちゃんがかわいくて、しょっちゅう家に呼んでいる。良識ある大人として、女の子たちとは異なる支援をしているつもりだ。東京の母と呼んでくれてもいいぞ、エリカちゃんよ。
さて、そのようなエリカちゃんについて、娘から議題が提出された。エリカちゃんの新しい彼氏についてである。新彼氏との出会いはホストクラブ、現在彼氏はホストをやめてエリカちゃんのマンションにころがりこみ、エリカちゃんに食費を出してもらって暮らしているのだそうである。
そんなのダメ、とわたしは言った。ぜったいにダメ。
娘は両手のひらを立てて「最後まで聞け」という顔をする。わたしは黙る。娘は話す。今回の男はいいんじゃないかっていうのが、エリカの友だちみんなの意見なの。
彼氏はねぼすけのエリカちゃんを起こし、「この授業はそろそろ出ないと」とリマインドをかける。彼氏はスーパーに行き、切るだけ焼くだけといった簡単な調理をして栄養のあるものを食べさせる。僕にも作ってくれたら嬉しいなと、色仕掛け(?)でエリカちゃんの学習をうながす。デートしようと言って連れ出して陽に当てて運動させる。
彼氏は苦学生である。ホストをやめて寮にいられなくなったらしい。彼氏はエリカちゃんが資産家の娘だと知っている。たぶんお金目当て、と娘は言う。でもエリカのこと好きでもあるんだと思う。そうじゃなかったら間借りと食費くらいであんなにしてあげないよ。あの人、エリカがこの先健康に生きていけるように考えてくれてる。エリカに生活力をつけさせようとしてる。
わたしは黙る。
わたしも娘も、エリカサポート部隊の女の子たちも、そんなことはできなかった。
わたしは「人間は自立して生きるべき」と思っている。思っているが、それができない人がいることも身にしみてわかっている。エリカちゃんは経済的にも生活の上でも、一人で放り出されてやっていけるタイプではない。そう思ってただ甘やかしていた。まだ若いのだからそのうちしっかりすると、他人ならではの根拠のない楽観で自分をごまかしたまま。
その彼氏、いいかもしれない。わたしがそう言うと娘はほっとした顔を見せる。わたしは言いつのる。でもまだ油断しちゃだめ、大金を引き出そうとしたりするかもしれないんだから。わたしたちで見張っていましょう。