傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

ゴシップと猿

 疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにいったんはリモート勤務が推奨されたものの、長期化とともに出勤ベースに戻す企業も増えてきた。弊社もそうである。わたしはリモート勤務が大好きなので(端的に効率が良い)、実績を振りかざして上司に詰め寄り、週に一度のリモート勤務の継続を確保した。それでも週に四日は出勤しているので、生活はだいぶ疫病前に近づいた。
 近づいたが、疫病前に戻ることはない。人間と人間の距離はある程度以上近づかない。それにともなって社内での会話の無駄がだいぶ省かれている。飲み会をやらないから無駄話を長々やる機会が発生しないし、社内の立ち話ではより業務に近い話題が優先される。たまたま居合わせた人と短い雑談をすることはあるが、そのときも比較的まじめな雑談が採用される。社内の薄い知り合いとどうでもいい話をする機会がない。

 それがちょっとしたストレスだったと気づいたのは、同期が久々にゴシップを持ってきたときだった。
 同期はわたしと同い年だから、三十をとうに過ぎたいいおじさんである。そうして疫病前から罪のない(あるいは少ない)噂話がとにかく好きである。それも芸能人のではなく、身近な人々の話が好きなのだ。同僚たちに関する些末なあれこれを、やたらとよく知っている。
 彼は自動販売機の横の休憩スペースでわたしをつかまえて、ちょっと聞いて、と言った。疫病前はよくあったことだが、思えばそれも年単位で昔のことである。

 同期が持ってきたゴシップはほんとうにどうでもいいものだった。同じ会社の後輩女性の劇的な恋愛の話だ。
 後輩には五年ほどつきあっている彼氏がおり、結婚を前提とした同居のために物件を契約したところだったのだが、ずっと彼女のことを好きだったという別の男性が夜中に彼女の自宅を訪ねて愛を告白、彼女の家族が出てきても堂々としており、その態度にぐっときた彼女が男性とふたりで夜の町に消え、翌日には現彼氏との同居を取りやめてしまいーーみたいな話である。
 わたしにとっては赤の他人の色恋沙汰にすぎない。ほんとうにどうでもいい。どうでもいいのだが、めちゃめちゃ楽しくその話を聞いた。
 それで?それで?えー、現彼氏かわいそうすぎでは? いやー、もともと倦怠期だった上に、なんていうかプレマリッジブルーって感じだったんだそうなんだよね本人が言うにはさ。なるほどねー、そこで情熱的なアプローチによろめいたと。そうそう、それもぽっと出の新キャラじゃないわけよ、学生時代のゼミ仲間だってよ。あらー、それはぐっときちゃうかもねえ、でもなんで今まで黙ってたんだろ、告るならさっさと告ったほうがいいじゃん。ねー、なんでだろ、結婚しちゃうかもって聞いて突然焦ったとか、別の女性とつきあってて別れたとかかもね。

 どうでもいい話を熱心にすると、なぜこんなに楽しいのだろうか。
 同期とは社内では比較的親しい。仕事上の役割がかなり近く、どういう人間かもわりと知っている。もし同期が彼自身の激しい恋愛とか激動の家庭生活(激動する家庭って具体的にはどんなものか、ちょっとわかんないけど)とかの話をしだしたら、とてもじゃないけど楽しく聞くという感じにはならない。心配したり現実的な対処を考えたりしてしまう。
 十歳も年下の、部署も違う後輩が、なにやら劇的な状況にある、その噂話を聞く、というシチュエーションだから楽しかったのだ。

 噂話ってどうして楽しいんだろ。わたしがそう尋ねると、同期は言った。それはね、僕らが猿でもあるからです。
 猿は毛づくろいをする。そして仲間うちとしての感覚を持つ。でも僕らにはできない。代わりにあいさつとかをする。でもあいさつはみんなにすることになってる。毛繕いは誰にでもするものではない。相手を選んでするものだ。たいしたことじゃないけど、でもないと成り立たないんですよ、僕ら猿の集団はね。そして僕にとってゴシップはもっとも適切な毛繕いなんだ。

 わたしはどうやら毛繕いが足りないことがストレスだったらしい。自分では「どうでもいい噂話なんかなくても平気だし、むしろ快適だ」と思ってたんだけど、実はそうじゃなかったらしい。わたしはわたしが思うほど高尚な人間じゃなくって、毛繕いの好きな猿だったらしい。
 わたしがそのように言うと同期は笑って、いいじゃん無害な猿でいようぜ、と言った。