傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

執着の技術

 半年前に知り合った女の子がいて、いいなと思って、もう大人だから女の子って言うのもなんだけど、でも、僕やマキノさんに比べたら若い人ではある。ちゃんとしてるんだけど、どことなく不安定で、脆い生き物という感じがして、でもとてもエネルギーのある人です。うん、僕とは全然ちがう人です。ばりばり働いていて、有能で、気が強くて、社交的で、そのくせ自信はないんです、プライドはとても高いのに、自尊心がグラグラしてる。いいよね。僕もいいと思います。え、マキノさんには紹介しませんよ、若い女の子をたぶらかすのが上手そうだから。

 うん、その人を、いいなと思って、好きだなと思って、そう思ってたら口から出た。言おうと思ってたわけじゃないんだけど。言わないでおこうとも思ってなかったからかも。そういうのってあらかじめ決めますか?僕は決めてなかった。

 そしたらふられた。「話し相手にはいいけど」みたいな感じで。うん、それで、気がついたらこう言ってました。「そのほうがいいと思います」。

 マキノさんの言いたいことはわかります。「告っといておまえ、なに目線だよ」って感じですよね。でも正直な気持ちでもある。頭で考える前に口から出たせりふです。完全に本音です。だって、つきあったら、相手のこといやになるじゃないですか。すぐに。なるんです、僕は。

 飽きるというか、倦くというか、腐るというか、だめになる。腐るのは関係じゃなくて僕の感情です。相手は何も変わっていない。好きな人に好きになってもらえたらとても嬉しいのに、すぐに嬉しくなくなってしまう。結局のところ、僕は誰とも一緒にいたくないんです。誰であっても自分の内面を作り替えるほど影響させたくない。そういう人間なんだと思う。でもときどき、どうしても好きな女の子ができてしまう。でももうわかってるんだ、一緒にいたらすぐにいやになるんだ。だからつきあわないほうがいいんです。断られてちょっとほっとした。好きですって言って、やっぱり好きじゃなくなったって言って、泣いているのを放って逃げて帰ってくる、そういうの何回もやった。もうやりたくない。

 え?それの何が悪いって?マキノさんすげえこと言う。だって泣かせたら悪いですよ。たしかに、過去につきあった人とだって、何かの契約をしたわけじゃない。約束すらしていない。相手との関係は感情と自由意思だけで決めていいはずです。理屈の上では。でもさあ、泣かせるのは、いやですよ。

 いやなのは好きだからです。自分の欲より相手の幸福を優先するくらい好きなんだ。そういうのって気分がいいですよ。そんな強い感情が自分の中にあったんだと思うとちょっとアガる。この年になるとなかなかないじゃないですか。だからすぐ腐らせたくない。自分の執着を長引かせたいと思う。好きになってすぐつきあうより、ふられてじっと待っていたほうが執着しそうですよね。だから、そのほうがいい。

 いや、永遠に振られたままでいたいわけじゃないです。そんなに清らかじゃないです。えっと、彼女にとって僕はそれなりに親密にしていい相手なんです。僕は今のところそれである程度満足して、嬉しい気持ちでいる。マキノさん、人間は、いつも元気ではないです。とくに自尊心が弱い系は、何かあったら派手に弱ります。ボキっといく。そして人間は弱ったらそこらへんにもたれかかりたくなる。だから僕はそこらへんにいたらいいんです。確率の問題です。期待して待つって、楽しいじゃないですか、わくわくしたりがっかりしたいじゃないですか、それだけなら泣かれたりしないし。

 依存されるのはいやじゃないかって?ごめんなさい、言ってることがちょっとわからないです。好きなんだから凭りかかられたいに決まってるじゃないですか。僕を好きになってほしいから相手が弱るのを待つ、弱さが露出するのを待つ、そしてその弱さをどうにかしてあげられる者になろうと思う。これって、何か変ですか。えっ、変ですか。そうか、うーん、言われてみれば、「好きな女の子が強くて、強いまま僕を好きになる」という発想はなかったな。

 マキノさんの言うことは、理屈としてはわかるけど、実際にあることだという気がしない。相手に依存されない「好き」って経験がないです。精神が自立した人間との恋愛ってイメージできない。世の中のどこかにあるんだろうとは思うけど、自分に起きる気がしない。

 すごい机上の空論しちゃいましたね、あはは。僕、実際にはふられてるんで。何も起きてないです。ちょっと空想して、マキノさんがあれこれ言って、それだけです。ところで、話は戻るんですけど。