花とか小鳥みたいにきゃらきゃら生きていたかった。自分がそうじゃないことをよく知っていたからそういうふりをしたかった。わたしは清潔な植物でも自由な動物でもなかった。もっとなまぐさい、みっともない生き物だと思っていた。アイライナー、短いスカート、上手につけた香水、おしゃべり用に作っておく好きな男の子の名前、そういう鎧を纏って少しはマシなものみたいなふりをしていた。十六歳だった。
地方の進学校にも毎日ばっちり化粧をしているちょっと派手な女の子たちがいて、彼女たちがいちばん花と小鳥に近かった。だからわたしはその集団の中にいた。着崩した制服、噛み崩したことば、教室で大きな声を出すのは権力の証、机の上に座って凝ったかたちの髪を揺らして遠慮なしに笑うのは「かわいい」子たちだけ。そういう序列をくだらないと思わなかったのではなかった。序列を崩すほど序列に対する情熱がなく、自分の心地よさを確保するだけでひとまずは良しとしていた。わたしの高校にはそれなりの多様性があって、カーストが絶対ということもなかった。小鳥と花の女の子たちはわたしを、体育祭とかノってこないしミシマユキオとか読んでるしよくわかんない、と評しながら、排除はしなかった。十六歳のわたしにとって友だちというのはそういうものだった。
亜美さんはそうじゃなかった。亜美さんは花じゃなかったし、小鳥じゃなかった。亜美さんは生徒会の書記で、みんなの前ではだいたいはきはきしていた。クラスで何かを決めるとき、真っ先に発言するのではないけれど、意思決定が淀んだタイミングでいやみなく解決策を提示するようなタイプだ。保護者も先生も好きそうな、ぎりぎりダサくはないくらいの雰囲気を保っていた。亜美さんは唇が薄くて目と眉のあいだにほとんど距離がなく、ビューラーなんか知らないような短くてびっしりそろった睫を目の庇にして、首筋と膝下がすらりと長かった。
亜美さんがわたしに興味を持ったのはわたしが授業中にものを書いていたからだ。わたしはたくさんの文章を書いていた。どうしてか自分でも知らない。亜美さんはわたしの手の動く速度があきらかにノートを取っているより過剰だと見て取った。亜美さんはすごく目がいいんだ。目の白と黒がはっきりしていて、その境目が青いような色をしていた。青い目は白い目の反対だ。そう思った。その文句をどこで読んだのか、大人になった今でも思い出すことができない。
亜美さんと教室で話すことはあんまりなかった。わたしにも彼女にもそれぞれの友だちがいたからだ。わたしはいちばん目立つグループ、亜美さんは優等生たちのグループ。わたしたちはそれを侵害しなかった。ただ日記を交換していた。ねえ、百合さん、と彼女は言った。百合さん、いつも何を書いているの、読んでみたいな、わたしもものを書いているから、かわるがわるに書いたらいいと思う。
わたしはそれまで彼女をなんと呼んでいただろう。大人になった今では思い出すことができない。でもその瞬間のことはよく覚えている。そのとき彼女は「百合さん」と言ったのだ。だから彼女は「亜美さん」になった。クラスの誰にもしない、姓でなく名を呼んでそのあとに「さん」をつけるやりかた。それがわたしたちの皮膚だった。湿っていないのに内側はひたすらに水の満ちているような、その皮膚の感触を、わたしは好きだった。わたしたちはたがいの書いたものを交換した。何を書いていたのか、大人になった今、何も覚えていない。
わたしは東京の、亜美さんは地元の大学に進んだ。亜美さんは一度東京に遊びに来た。わたしは大喜びして亜美さんを連れて歩きまわり、軽薄に話しつづけた。亜美さんは大人びた笑いを笑って、百合さんは、と言った。それから黙って、また口をひらいた。朝の集会とか始業式でさ、体育館とかに集まってるときあるじゃん、ああいうときに、ほらわたしはコーノちゃんとかミズノと一緒にいてそのへんに座ってるんだけどさ、なんかそういうとき毎回、うちらのあいだで「あ、ユリさんだ」ってなるの、「ユリさんが歩いてる」「ほんとだー」って。うちらからちょっと離れたところを、まあただ歩いてるだけなんだけどね、すごく目を引くの、ほかの人じゃなくて、百合さんだってわかるの、背筋が伸びてて。綺麗だったなあ。
面と向かってそう言われたことさえ、今はもうずっと昔のことで、わたしはもう、亜美さんが褒めたようなわたしじゃないかもしれなかった。でもそうでありたいと思う、今でも、そう思う、できることならこの先もずっと、そんなふうに思っていたい。
ask.fm(id けれ) けれさんは凛々しいよ | ask.fm/keredomo より