傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

1/103の人間

 あの映画、観たよ、人工知能の、おもしろかった、チューリング・テストって教科書に載ってたよね、懐かしい。そうだっけ、学生時代とかよく覚えてるな、思えば遠くに来たもんだ。十数年後にもこうやってしゃべってるなんて、ねえ。まともに話す相手なんかそんなに増えないから、メンバー交代が少ないんだろ。そうかな、友だちが増えないのはあなたの性格の問題でしょ。
 友だちねえ。友だちを定義しろなんて言わないよね。言わない、自分でする、僕は思うんだけど、人は多くの会話を手持ちのカードを抜き出すみたいな処理で済ませている、相手のためにいちいち発話を創造しようとするのは稀なことで、その相手を僕は友だちと呼びたい。
 いい定義。ありがとう、それで、たいていの人は、友だちなんか求めていない、何らかの機能だけを求めている。あなたの世界観は殺伐としすぎてるよ。そんなことはない、僕はたいへんなロマンティストだ。ロマンティックの定義に多勢との齟齬があるよ。
 賭けをしよう。賭け?そう、人工知能ならぬ、人工無能で。ああ、なんだっけ、かんたんなプログラムで応答を決めるやつか。そう、初対面の人間との会話に特化したものを、趣味で作った。それを使って、わたしが初対面の人と話をするの?逆。逆?そう、きみは人として話す、相手に気に入られるように、感じよく話す、そしてその会話が人工無能で再現できるかを検証する。
 わあ、楽しそう。楽しそうだろ。わたしは女だから、しかるべき場にちょっと加工した写真を載せておけば、山ほど初対面の、ていうか対面すらしてない相手とテキストで話せると思うよ、そして個人と通信日時や方法なんかにかかわる文言を消した雑談のテキストを使って、あなたの指示のとおりに分析する、あなたには判定結果だけを話す。どう?
 そのシチュエーションで「人間」判定が下るのは二割、いや一割だろうな、大半の男は女にセックスと世話しかしか求めてないんだから、人間同士の会話なんか、しない。目的はそうだろうけど、少々の人間らしい会話はするでしょう、いくらなんでも。ともかく、やりとりする期間とルールを決めよう。
 倫理的にはOKかなあ。OKOK、きみはまじめに会話するんだし、気に入ったら会えばいい、まっとうなユーザだ、マルチ商法の勧誘とかがうようよしてるインターネットにあって健全そのものだ、相手の送信したテキストもきみしか見ない。その他の懸念事項としてはですね、結果が、わたしの会話能力に依存するのでは。もちろんする、でも、少なくともきみの発話は僕の人工無能じゃ追えない、それは断言できる。初対面同士でしょう、相手も同じようなものじゃないの。僕は、相手のほうがずっと、人工無能的だと予測する、なぜならきみのことを人間だと思っていないから、そうしてこの世界では、それが当たり前の態度だから。

 発表します、まずはサンプル数、百人目指して、結果的に百三人。それらのうち、人工無能にできない発話を二回以上したのは?ふたり。ふたり!?なんかの間違いじゃないの?わたしもそう思った、でもたしかにそうなんだ、わたしの発話はかなりの割合で「人間」だったのに。きみに人間のように話す男は、百三分の二か。しかも一人は大量の自分語りを一方的にしてきたサンプル、つまり、初対面からの会話として成立する話を「人間らしく」したのは、ひとり。
 すごいな。うん、あなたの予測でさえ、二割はわたしと人間同士のコミュニケーションをしてくれる予定だったのにね。だから言っただろ、僕はロマンティストだって。
 ちなみに、百三分の一の人はぶっちぎりで大量に「人間らしい」発話をしたんだけど、だからってたいした話はしてないの、でもたしかに人間と話してる感じがした。たとえば?えっと、最初にカウントされたのは、「今日はビーサンで会社行きたかった」。ビーチサンダル?すごい雨の日で、水たまりに革靴を突っ込むなんて愚か者の所行だという、そういう意味、そのあと、豪雨のなかで傘を差すとか無意味だし、暑いし、浴びればいいじゃんっていう結論が出たの、その日。
 うん、ばかばかしい、相手から機能を引き出す目的で「雑談」する人は、そういう、些末で意味がなくて個人的な感覚にまつわることを、たぶん言わないんだろう。あのさ、今回の条件って、ちゃんと会話しようとすれば簡単にクリアできるし、人工無能じゃないほうの人工知能だってクリアしてくれるよね。そうだろうね、だからきみは、大半の相手から、人工物よりもずっと省エネルギーな対応しか、されなかったんだ、商品を受け取るためにお金を差し出すようなことばしか、受け取っていないんだ。