傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

飛び込み営業スクリーニング

 最初は、電話とか要らないと思ってた。固定電話。要らないじゃん。僕は要らない。でもうちの会社には要る。ファックスもある。この業界でもいまだにファックス使う人が残ってる。だから固定電話なんかもちろん、ぜんぜん現役だった。自分を標準だと思っちゃいけないね。
 うん、もう慣れた。うちの営業はけっこうな確率で社外にいるし、すごく小さい会社で、僕あての電話もけっこう多いし、事務が取る前に僕が取ることもある。でもねえ、最近セールスが増えて、うん、飛び込み営業の電話バージョン、どこかからうちの会社の電話番号を手に入れてかけてくる。数としてはまだそんなにひどくないから、初見の番号からの着信はそのまま取ってる。
 飛び込み営業だったら、電話とってすぐにわかる。「電話を切らせないための話しかたマニュアル」みたいなものがあるのかな。会社名を早口でさらっと言って、自分の名字だけを名乗る。さも当たり前のように。うちと取引があるところかな?って思わせる。僕はもう慣れたから「あ、この人、うちの会社のだれとも関係ない」って、なんとなくわかるけど。
 「荒木社長をお願いします」って、たいていは言う。「はい、わたくしです」って僕は言う。その瞬間に相手はたいてい、ばーっと話しだす。それをまず止める。「お名前とご所属をもういちどおっしゃってください。わたくしが直接名刺をお渡しした方でしょうか」って訊く。それにかぶせてくる人はだめ。営業じゃなくても、あらゆる場面でだめ。友だちにもなれない。かぶせるやつはだめ。かぶせていいのは「火事だー」みたいなのと、口答えを許さない権力関係にあってそれを行使するときだけ。そうじゃない状況でせりふをかぶせてくるやつはだめ。話すのがコミュニケーションじゃなくて陣取り合戦になってる人間だから。ことばの内容じゃなくて主導権がだいじな人間だから。しょうがないからこっちも、「わたくしの回答を聞いていただけないようですから、お電話を切ります」って言う。
 そしたら、僕が「切ります」を言い終わるまえにガチャ切りするやつがけっこういる。もうね、そういう競技か、っていうくらい早い。だから「かぶせるやつ」はだめなんだって僕は思う。思ったとおりにしゃべらせてくれないからガチャ切りなんて、僕のこと人と思ってないからすることだよ。対面で話していても、そういう人間はいる。そいつらは僕を自動販売機だと思ってる。百五十円入れてペットボトルが出ない、だから、蹴る。そういう感覚。しかも百五十円入れてない。電話するだけでペットボトル的なものが出ると思ってる。出ねえよ、そんなもん。同じ商売人として心の底から軽蔑する。商売は人間同士のすることだ。他人を自販機だと思ってるやつは最終的に損する。そういうやつが仕切ってる会社や店はつぶれる。短期的にうまくいってるように見えてもつぶれる。
 つぶれる前に何度も電話がかかってくると不愉快だから番号と社名を登録してある。「だめ営業(社名)」っていうタイトルで。僕はそれを「よほどの事情がなければかかわりあいにならない会社リスト」として使う。社名背負って赤の他人に自分の話を聞かせたんだ、そのふるまいが会社のふるまいとして判断されるのは当たり前だ。
 そこまでひどくなくても、名刺交換したか否かにのらりくらりと答えないやつもだめ。社内で名刺を回すこと自体をだめだっていうんじゃない。隠そうとするのがだめ。それが恥ずかしいことだって思ってなかったら、「弊社の誰それから荒木さんの名刺を預かりました」って言えばいい。そしたら僕は目の前の魔法の箱でその人の名刺を検索するから。うん、ぜんぶ入れてある。他人を経由してかかわりを持とうとするなら、経由した他人のことをちゃんと言う。これも商売以前の問題。
 僕の電話番号を知った経緯を隠そうとしてる場合は、やっぱりだめ。あのね、人に言えないようなことを日常的にやってると、自尊心が少しずつ、不可逆的にそこなわれていくんだよ。そして後ろめたさによって少しずつ疲弊して、能力がじわりじわりと割り引かれていくんだよ。それが初対面であからさまに見えて、一方的に話を聞かせようとする相手なら、かかわりあいにならないほうがいい。たとえ話を聞きたい分野が話題でも、そいつからは聞かなくていい。ほかの人を探したほうがいい。代わりを探してでもそいつを避けるだけの価値はある。
 飛び込み営業でつくった基準だけど、僕はほとんどすべての場面で同じようにスクリーニングしてる。そのほうが快適だから。