傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

一、連れて帰る  二、せせら笑う

三年くらい集まってないよねえ。私が訊くと彼は、誰かの結婚式に便乗するチャンスがなかったんだよ、と言った。私たちは大学のときの講座が同じで、二十代まではおおよそ二年に一度の割合で顔を合わせる機会があった。
機会があった、というのは私のように受動的な人間の物言いで、たいていは電話の相手の彼が声をかけて集めてくれていた。私は同期生の名前を出し、こないだ一緒に旅行に行ってね、と言った。相変わらず仲いいのなと彼は言った。
彼は人当たりがよく頭の回転もなかなかに速く、いろいろなタイプの相手に如才ない会話を提供することができた。そういう人間はある程度の年齢になればしばしば見られるけれども、二十歳のころからうまくやれる人は珍しい。整った顔だちで着るものも気が利いていたから(とにかく全方位的に気が利いているのだ)、女の子たちにも人気があった。
けれども私は彼が少し苦手だった。彼の物言いからは時折、彼が持っているピラミッドのようなものが垣間見えた。格上だとか格下だとか、そういう感覚だ。彼はさまざまなものにそれを適用しているように思われた。
彼はそのころ、私が親しくしていた男の子について、もうちょっといいの狙ってもいいんじゃない、と言った。私は「いいの」を選んでいたのではなかった。すてきな人だと思ったから仲良くしていたのだ。
彼はもちろんふだんからそのような価値観を表出していたわけではない。少なくとも多くの場面で、彼は礼儀正しかった。同じコミュニティに属している程度のつきあいであれば嫌いになるような要素は見あたらなかった。
独身組が誰も結婚しないから集まれないんだよね、と私は軽口をたたく。そろそろ結婚しなよ、落ち着きたいころでしょう。私がそう言うと、彼は適切な高さと長さの笑い声のあとで、自分だって独身のくせにと言った。
彼はふたたび私と旅行に行った友だちの名前を出し、どうなのと訊く。なんか今、いないみたい、と私はこたえる。あなたたちいい感じだったじゃない昔、ほら、ゼミがはじまってすぐくらい。あれって結局なんだったの。
なんだ知らないのか、あれは俺がふられたんだよ、と彼は言う。まじですかと私は訊く。前の旦那に、旦那にはならなかったんだっけ、どうでもいいや、例の旅館男にとられた。彼はそう話し、屈辱だねえと私は言う。屈辱だねと彼はこたえる。正直俺のほうがずっといいと思った。
どっちがいいとかじゃないんだと思うな、そのときの唯一なんだと思うな。私がそう言うと彼は珍しく不機嫌な声音で、昔そういうこと言ってたよね、いまだにそんな夢見がちな思考なわけ、とつぶやいた。私は驚いた。さして親しくない相手との電話で不機嫌さを見せるほど無防備な人だったかな、と思った。それから、そうだよ、それは夢じゃなくて現実だからだよ、少なくとも私や彼女にとっては、と言った。
彼は沈黙した。そこには毒々しい気配があった。私はそのときようやく彼の怨恨を理解した。彼はいまだにそのことを過去にしていないのだ。彼は彼を選ばなかった彼女を許していない。だからこそ彼女はいまだ彼にとって特別な存在であり、何によってあがなわれるかもわからない不定形の執着の対象なのだった。
今いなかったらもう無理だろ。彼はいまや悪意をむきだしにして言う。女でこの年齢で相手いなかったらアウトだろ。仕事に生きればいいんじゃね。介護だっけ。何してんだか知らないけど、老人相手にがんばってれば。
そう、と私は言った。人はその悪意が自分に向いているかどうかを直感的に理解する。彼の悪意の対象に、私は含まれていなかった。彼女のほかのどの女も含まれていなかった。彼は私を傷つけたいのではなかった。彼が傷つけたいのは彼女だけだった。
受話器の向こうの気配をはかりながら私は尋ねる。ねえ、いま彼女があなたの前にあらわれてあなたに媚びてあなたと一緒にいたいって言ったらどうする。連れて帰る、それともせせら笑う。
どっちもすごくしたい、と彼は言った。小さい声だった。私はさみしかった。彼はきっとどちらもできないだろう。もしもそんなことが起きたら、彼はただ棒立ちになってそれが自分の手の届くところから去っていくのを待つだろう。