後輩が珍しく有休休暇を使ったので、何かあったのと訊いた。従姉が虫垂炎で入院して助けに行きました、と彼女は言う。仲が良い従姉なんだねえと私は言う。彼女は少し考えて、ふだんは連絡しないんだけど何かあると頼られます、私も頼ります、一年半ベッドをシェアしてたからだと思います、とこたえる。
シェア、と私が繰り返すと、そうベッドを、と彼女は言った。文字通り分け合ってたんです。昼と夜で。
そのころ彼女は大学生で、徹底してお金がなかった。小さいバーを始めたばかりだった従姉がそれを知って電話をかけてきた。私の部屋に住まない?安くあがるよ。私、店の初期費用ですっからかんになっちゃって。お金がないってすごいことですよ先輩と彼女は言う。簡単に人と一緒に住んでなにもかもシェアしちゃうんですから。
従姉の居室は一つしかなかった。不自然なほどそっけない空間だったけれども、彼女が荷物を持ち込むと少し人間がいるらしい様子になった。従姉は夜と朝のあいだに帰ってきて、彼女と入れ替わるようにベッドに入った。早く眠りたいときにはベッドにいる彼女を上手に端に転がし、空いたところにもぐりこむ。従姉の眠りはとても深いように見えた。昼に眠り夜に起きるためには頑丈な眠りが必要なのかもしれないと彼女は思った。
ほとんどの日は話もしませんでした、と彼女は言う。従姉は小柄で化粧気が薄く、茶色っぽい癖毛を短めに切って、レンズの薄い眼鏡をかけていた。彼女よりひとまわり年嵩で、かぼそい首もとに刻まれた皺がそのことを強く感じさせた。たるみはじめた顔や彼女とは明確に異なる語彙や不意に見せる職業への矜持ではなく、喉の下からはじまる皺を見るとき、彼女は従姉が自分より死に近いところにいる生き物だと感じた。このひとは私より先に衰えてきっと私より先に死ぬ。
従姉は部屋着に中学生か高校生のときの褪せたあずき色のジャージを使っていて、それがやけに似合っていた。従姉はそれを「ダサジャー」と呼んだ。中学だか高校だかではみんなそう呼んでいたのだそうだ。従姉はバーテンダーで、でもそうは見えなかった。どちらかというと女子校の先生とか、でなければ区立図書館の司書みたいな感じがする、と彼女は思った。
彼女が早い時間帯に部屋に戻ると、従姉は決まってベッドの端で背を曲げて横向きの姿勢で眠っていた。もっとのびのびと眠ったらいいのにと彼女は思った。そうして、自分だってもしかしたらそういう格好で眠っているのかもしれないと思った。誰かと一緒に寝たって自分の寝姿のことなんかわからない。
従姉は眠っている私をこんなふうに観たことがあるんだろうかと彼女は思った。私はこれから眠っている誰かをこんなふうに観ることがあるんだろうか。私たちはあるいは寝姿に関する情報を相互に持ち、要請があればそれを開示する唯一の関係なんじゃないだろうか。そんなことを考えながら彼女はつくづくと従姉を観た。
眠っている従姉は起きている従姉とは性質が違うように見えた。もっと善良そうに見えたし、もっと不気味なものにも見えた。いずれにせよ眠っている従姉は起きている従姉よりも輪郭がはっきりしていた。起きているときはどこか茫漠としているのに、眠っているときには世界中からもっとも自分にふさわしいところを選んで意識を手放した人のように見えた。そこには強固な意志の気配のようなものが感じられた。
双方が起きていて台所で顔を合わせたとき、従姉は唐突に、あーあ、つかれちゃった、と言った。もう仕事したくないや。誰か私を養ってくれないかしら。彼女はそれを聞いて顔をしかめた。
私はそれが誰であろうと、誰かに養われるくらいなら野垂れ死にする。彼女がそう宣言すると従姉はずいぶん長いこと声をあげて笑い、いいね、そういうのって好きだなと言った。ハードボイルド、そしてガーリィ。
何それと彼女が言うと従姉は目の下にごく薄い皺を寄せ、くちびるを上げるというより横にのばすような笑いかたをして、自分より背の高い彼女の髪に指をさしこんでかきまわした。そうしてそのまま台所を出ていった。従姉はあずき色のジャージを着ていた。
就職したときに自分の部屋を借りたんですけど、と彼女は言う。でもいまだに他人っぽくないですね、あの人。だから何かって訊かれると、なんとも名前がつかないんですけど。