傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

十人いれば楽しい

職場のアルバイトの学生が就職活動をするというので、休み時間に、どういう業界を受けるの、と訊いてみた。彼は責任感が強くてきちんと仕事をこなす有能なアルバイトだ。他人の状況をこまやかに理解してサポートしてくれる。
彼の見た目はなんというかたいへんにカジュアルであり、パンツは思いきり腰ばきで、つねに(下着のほうの)パンツが見えている。どうやらそれもふくめてコーディネートしているらしく、シャツやスニーカと同系色だったりする。極度に猫背で、上目づかいだと三白眼になる目できろりと人を見る。
彼はいつもそうであるように、ものすごくだるそうな口調で、しかし内容は生真面目に、志望の職種とその理由、狙っている会社と勝算について話した。私はうんうん、とうなずきながら聞いた。よく考えているなあ、と感心した。私の学生時代は極端な就職難で、私はそれを言い訳にして投げやりになっていたので、真面目な若者と対面すると少し恥ずかしい。
「ま、でもあれっす。なんつうかどこでもいける感じはあっ」
あります、と続けているのだろうけれど、彼の発声では語尾がしゅっと音をたてて消えてしまう。
どこにでも合格できるという意味かと訊くと、彼はへへへと笑い、世の中そんなに甘くないですよ、自分はそんなに優秀ではないのです、という意味のことを言ってから、説明する。
希望の職種じゃなくっても、いまいちな感じの会社でも、わりと楽しめるかなと、彼は考えているらしい。希望の理由なんて適当なイメージなんだし、やってみないとわからない、だいたいは面白いんじゃないかと思う、学校とかバイトとかいろいろ行って、おもしろくなかったことがないから、という。
私は感心して、それはあなたの心根が良いからだよ、どこに行っても不平ばかりこぼしている人もいる、おもしろさを見つけられること、楽しめることは才覚だよ、と言った。彼はガムでも噛んでいるみたいに口をもぐもぐ動かしてから、言う。
「でも人がいないとおもしろくないかも。一人で仕事したらまじ死にたくなる」
三人とかでもちょっとやだよね、と私は言う。
「そっすね。三人は煮詰まる。ま、十人くらいすか、十人以上いれば楽しっす」
私はその台詞をとても気に入り、過剰労働じゃなかったら、人が十人いてぜんぜん楽しくないってことはまずないよね、と同調して笑った。