傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

正しい部屋

旅行や出張で大きなホテルに泊まると、きまって同じ気分になる。エレベータをおりて、廊下を曲がって、ずらりと並んだ扉の前を通りすぎるとき、私は必ずひどく不安で、そのくせ奇妙に高揚している。
私は自分の入るべき部屋を探している。手元のカードキーに番号が書いてある。あと十番違い。五番違い。三番違い。十二番違い。私は引き返す。引いているキャリーケースがなにもないところで引っかかる。私はエレベータの前に戻る。ふりだし。さっきは右だったから、今度は左。扉に貼られた数字のプレートを確かめて歩く。三十番違い、三十五番違い、四十二番違い。私は何を間違ったのだろう。廊下の曲がり角、エレベータの数字、それとも、なにかもっと致命的な。
このたくさんの扉のなかに、私の居場所は実はない、と思う。このたくさんの扉の中に、掌のなかのカードキーで開くものはない。私はなにかを致命的に間違って、永遠に続くような扉の連続から、ありもしない自分の部屋を探している。
もちろんそれは頭の中で再生し慣れた動画みたいなもので、現実の私は少し迷ったあと、正しい部屋にたどり着く。まわりには、床との隙間に新聞紙を差し込んだ扉や、チェーンを噛ませて少し開いた扉なんかもある。扉にも多少の個性があるのだ。
繰り返し再生される空想のなかの扉はそうではない。識別子であるはずのすべて異なる数字でさえ、隅から隅まで同じであるよりはるかに深く、扉の群れが均質であることを示す。すべてが同じようにばらばらであること。私は数字が書かれたプレートを見る。覚えているカードの数字と違うことをたしかめる。カードの数字?私はもういちどそれを握る。私はほんとうにカードの数字を覚えていてここまで歩いてきたのだろうか。覚えていたならどうして今、それを思い出せない。一桁も思い出せない。すべての数字の並びはひとしく異なる。すべての数字の並びはカードと一致するまではまったく同じように異なる。
現実の私はカードキーと一致する正しい部屋の中で眠る。空想の私はまだ廊下をさまよっている。彼女はうすうす、自分のための扉はもうどこにもないことに気づいている。なぜなら私が彼女の鍵をすり替え、彼女のための部屋を詐取したからだ。私が彼女のためのベッドにもぐりこみ、彼女のための枕を抱え、彼女のためにととのえられた空気を吸っているからだ。
彼女は立ち止まる。彼女はあたりを見わたす。白いだけの壁。目を閉じれば忘れてしまいそうな色の絨毯。彼女は私がうっかり扉を開いて部屋を出ることを期待している。ごめんね、と私は思う。私、用心深いの。彼女は扉の外にいる。正しい部屋のすぐ外にいる。疑い深くカードを握りしめている。私はすやすやと眠る。