傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

夏の山

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために子どもたちのレジャーも変化している。小学生の兄弟のいる友人夫妻に連絡してようすを聞いてみた。遠出はできないが毎週のように珍しい経験をさせてあげているらしい。「…

彼女のリゾート

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。彼女もその影響を受けて仕事をくびになった。一年前のことである。 彼女は高給取りで、夜景のきれいな湾岸のタワーマンションに住んでいた。くびになるとすぐに賃貸物件を探し、半蔵…

一人称が強すぎる

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにもっとも影響を受けたのが医療機関である。わたしは二年以上、いわゆる同居家族以外と私的に会うことをしなかった。 まじめだねえ、と友人が言う。二年のあいだに引っ越し…

腰痛のしくみ あるいは、我慢は努力ではない

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにもっとも影響を受けたのが医療機関である。わたしの職場は感染症とは直接関係しない科なのだが、それでもえらい目に遭った。長いこと、プライベートでは夫と子どもにしか…

マスクつけなきゃいけないんだよ

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために娘の小学校生活はマスクや分散登校とともにはじまった。親は、それはそれは、それはもう、たいへんだった。疫病禍のほか、いわゆる小一の壁・小二の壁がある。わたしのま…

素直で笑顔で気がきいて

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにわたしの職場にもリモートワークが導入され、出社しても顔を合わせる会議は最低限になった。飲み会はもちろんない。そのためにわたしはしばらく水木さんにつかまらずにす…

彼女の誤りを聞きに行く

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにわたしがこの友人に会うのは二年ぶりである。このたびはどうしても対面でこの人に話を聞いてもらいたくって、機会をつくった。 わたしはろくでもない家庭で育ち、家を出て…

お帰りなさい、と母は言う

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにわたしの生活パターンは大きく変化した。フルリモートのちフル出社、あれこれあって、週に二回のリモートワークが定着した。 家を出て駅に向かう途中、しばしば同じ人物と…

ホストが好きで何が悪い

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために打撃を受けたのが「夜の街」である。疫病流行当初は人の足が途絶え、その後は反動で人があふれ、自治体から制限が課され、解除され、また課され、解除された。その過程で…

不倫だからってわたしたちを認めないのはあなたが差別者だからでしょう

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために私はこの友人と二年会っていなかった。 でもそれは言い訳にすぎない。私は彼女にできるだけ会いたくなかったのだ。 彼女の「彼氏」は彼女の一人住まいの部屋を不定期に訪…

ご近所にうちが陽性だってわかったらどうするの

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。この「よぶん」の中身の判断はそれぞれである。疫病の流行自体はまだまだ続いており、何なら去年の同じ時期より患者数は多いのだが、報道など見ると、今年の連休は「ある程度は出か…

たとえば四千九百三十六分の一の生活

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにわたしの行動範囲は狭くなり、友人たちとのやりとりの頻度もぐっと落ちた。スマホで連絡するなら疫病の流行にはかかわりがない。それでも減った。顔を合わせる回数が減っ…

あの男の恋愛感情などまったくあてにしていない

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それがきっかけでわたしは、つきあいはじめて間もない男と同棲し、今でも一緒に暮らしている。 わたしには妊娠する能力がない。成人する前にそれがあきらかになったたために、わたし…

あの女の恋愛感情を利用していい生活をしてやろう

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それがきっかけで僕と彼女は一緒に暮らし始めたのだけれど、この生活が気に入りすぎて疫病の流行が終わってもやめたくない。 つきあって三ヶ月という、恋愛的にいちばん盛り上がって…

一人で生きていかれない、かわいいかわいいわたしのあの子

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。わたしは家に人を呼んで手料理を振る舞うのが好きなのだけれど、それもほぼ控えている。 ほぼ、というのは例外があるからそう言うので、エリカちゃんだけは可としている。 エリカち…

女の子であること

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためによその家族と一緒に近場の温泉に行くのは二年ぶりである。 わたしには子がおらず、子どもの相手をするのはわりに好きだ。友人には子が三人いて、上から六歳、四歳、二歳で…

友人が友人でなくなるただひとつの恋愛パターン

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにわたしの周囲から真っ先になくなったのが「慣例でなんとなく年に一度くらいやっていた昔なじみとの飲み会」である。ほんとうはみんなそれほどやりたくもなかったのかもし…

牛尾の気持ち

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにリモートワークが定着してしばらく経つ。わたしの勤務先では四月だけほぼフル出社、平素はほぼフルリモートである。 今の新人はリモートワーク以降に入社した。直接顔を合…

コンテンツ必要ない系の人々

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにわたしに新しい出会いの機会がなくなった。恋愛の話ではない。仕事のコネクションとかの話でもない。友人知人の話である。わたしは知らない人と新しく知り合うのがとって…

筋肉がわたしを裏切った

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのためにわたしの筋肉量は大きく変化した。 健康で仕事にも支障がないことをありがたいとは思うけれど、二年近くも楽しみを奪われればもちろん退屈する。わたしはルールや決まりが…

サイコパス矢島の結婚

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それ以来はじめて知人が結婚した。元部下の矢島である。 ほんとはかちょーにスピーチしてもらいたいんですけど、と矢島は言う。この状況で身内以外式に呼べないんで。呼べたってスピ…

強者と強者の恋

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために外で人と食事をするのはたいそう不自由になった。夜中まで自由にお酒を飲むといった、かつてありふれていた遊びは、ずいぶん難しいものになった。 しかしそれは「大半の人…

母の死に目に会えないだろう

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。だから僕はそれ以来母に会っていない。 僕が母と呼ぶのは養母のことである。実母は僕を産んですぐに亡くなった。もちろん記憶にはない。 血のつながりというものがどれほど強いのか…

さみしさにつける薬

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために勤め人も職場のつきあいがなくなり、新人や転勤者が職場の人と親しくなりにくい。わたしは二十年選手だから人間関係に問題は感じないが、ときに煩わしかったつきあいの飲…

わたしはチャーマラに貸しがある

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。わたしの趣味の海外旅行などというものは何をどう考えてもよぶんなのであり、いまだもってビジネスや親族間の行き来など、名分のある渡航しかしにくい状況である。 感染が落ち着いた…

お姫さまじゃなかったから

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために二年ほど会っていなかった友人がいて、久しぶりに会えることになった。一年前にわたしから声をかけたときには「やめておく」とこたえた大学の同級生だ。 学生時代から確信…

従姉妹の幸福な結婚

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それからしばらく経ち、「この状況がきっかけでプロポーズされ、結婚しました」というはがきが届いた。差出人は年齢の離れた従姉妹である。それで取り急ぎ祝おうと彼女の自宅に電話…

意味づけられたコーヒー

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために盆正月にいつも集まる友人たちとの会合もこのたびはZoomである。 盆正月に集まる相手は多くが親戚や故郷に残った幼友だちだろう。しかしわたしはなぜか大学のときの友人四…

不在の男

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。そのために去年は盆も正月も帰省しなかった。しかし今年は疫病の流行がひとまずの落ち着きを見せた。わたしは生家の近隣の人々の意向を親に尋ね、まあよさそうだということで帰省す…

僕の叔父さん

疫病が流行しているのでよぶんな外出を控えるようにという通達が出された。それで二年ばかり叔父に会わずにいたんだけれど、今年はさすがに顔を出そうと思っている。同じ都内に住んでいるのだし。 そう思って、それからため息をつく。僕は叔父がわりと好きな…