傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

2018-05-01から1ヶ月間の記事一覧

いいから主語を拾ってこい

好きなんじゃないかと思うんですよ。 隣のテーブルの男の声を拾い、私はぱっと耳をそばだてる。私はあまり耳がよくないんだけれど、隣のテーブルの会話を拾う能力はやけに高い。下世話なのだ。覗き趣味があるのだ。独裁者になったらすべての人にできるだけ自…

素朴の義務

警察官の姿が見えた。ひやりとした。話しかけられたら東北弁で話そう。 そう思った。何か悪いことをしていたのではない。自宅の鍵を部屋に忘れて入れなくなっただけだ。オートロックでたまにやっちゃうやつ。鍵を忘れて出るくらいだから、そもそも鍵をかける…

ときちゃんの死なない工夫

ときちゃんはこのあいだ四十三歳になった。一年九ヶ月の無職期間を経て派遣社員として働いている。長々と休もうが満期を待たず辞めようが次の仕事があるのはときちゃんにそれなりの能力があるからで、ときちゃんはそのことをうっすらと自覚している。でもそ…

「重いって言われたくない」反対運動

だって、そんなこと言ったら、重いでしょう。 彼はそう言った。よく聞くタイプのせりふだ。「仕事内容が重い」などとは異なる用法である。人間関係において相手に過剰な精神的負荷をかけることを指すようだ。そうして、重いという語は、負担というよりもうち…

たかが容姿

内出血は重力にしたがって移動する。こめかみを打って二日もすると皮下を流れ落ち、皮膚の薄い目のまわりが赤黒く変色した。血管を破った血がそのあたりに溜まっているのだ。目の下の、いつも隈のできるところに多く溜まり、まぶたの変色とあいまって異国の…