傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

2013-01-01から1ヶ月間の記事一覧

客体化の結末

来いと言えば来る。来るなと言えば来ない。やさしくしてやると素直に喜ぶ。冷たくすることはない。冷たくする動機がない。放っておくことはある。忙しいとか、忘れているとか、そんなような理由で。そうすると向こうから短い連絡が入る。ご機嫌伺い、と彼女…

プレパラート・テスティング

さっきまでグラスだったものを、彼は見る。代わりを買いに行くのが面倒だと思う。それが自分の手を滑りおちた原因を、彼は把握していない。彼のてのひらの感覚はどこか遠く、それは今にはじまったことではない。のろのろと彼は破片を集める。紙の袋に入れる…

あの日チャールズ・リバーで

冷気が壁沿いにすべり落ちてくる。増えながらすべり落ちて、床にたまる。ひたひたと上昇したそれに彼女は溺れて目を覚ました。暖房の効力がまるで追いついていない。なんだって私はこんなところにいるんだろうと彼女は思う。なんだって、こんな、ひどいとこ…

今はなき王子のための

里佳子さんが会社に戻ってくるのはもちろんうれしい。うれしいけれども、復帰の打ち合わせと称して女の社員ばかり三人でようすを見にいった私たちの前で里佳子さんはなんだか、思っていたのと違うのだった。私たちは里佳子さんを案じていた。里佳子さんの夫…

逃走の作法

あけましておめでとうございますと私は言う。あけましておめでとうございますと彼女も言う。それから、生存に、とつけ足す。ほんとうにおめでたいことだねえと私は言う。私たち、生きてて、いろいろたのしくって、おめでたいねえ。Skypeの向こうの古い友人は…