傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

2012-07-01から1ヶ月間の記事一覧

もう手放しで憎めない

育児休暇中の里佳子さんが赤ちゃんを連れてあいさつに来た。赤ちゃんはなにしろ小さかった。小さいねえ小さいねえと言うと里佳子さんは可笑しそうにだって赤ちゃんだものとこたえた。母子の通された空き会議室には入れ替わりいろんな社員が訪れていた。里佳…

満点の女の子

怒ってるの。子どもの声が言う。ごめんなさいと言う。視覚の認知と聴覚の認知の不調和に私は一瞬だけ眉根を寄せ、寄せきらないうちにここには大人しかいないと再度認識する。 私は彼女を見る。大学の遠い後輩で、ちょっとしたできごとのあと、ときどき話すよ…

そしたらそれははじめからない

山口さんとかどう。彼は不意に彼のありふれた名を呼ばれてぎくりと身をかためる。彼らの会社には彼のほかにもうひとり山口がいる。山口さん。視線を感じて彼は不自然にならない速度をつくりそれを追う。それは二秒と少し前に別の軌道に乗って彼の視界を離れ…

感情を外注する

うれしかったのねと彼女は言う。そうだねと彼はこたえる。それからほほえむ。彼女もほほえむ。いやだったのねと彼女は言う。そうだねと彼はこたえる。それから彼らは眉間に皺を立てる。まったく同じ深さで。それが同じ深さになるまで三年と八ヶ月を彼らは要…

talk to me,

たのしそうに聞くねえと半ば呆れた声で彼女は言う。半ばでなくて完全にあきれた彼女の声が私は好きだから細心の注意をこめてばかの顔をつくる。それから、だってあなたの話はたのしい、と言う。完全なばかの声で。 彼女はくいと首を反らして私の好きな顔をす…