傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

2012-01-01から1ヶ月間の記事一覧

できませんと彼は言う

彼は大勢が参加しすぎてかえって数人としか話せない新年会の会場の、ずいぶんと隅のほうにいた。私はその向かいに座り、潰れる直前って嘘ですよねと訊く。ほんとうですよと彼はこたえる。週に四日は八時間眠って土日もどちらかは休んでます、でもそんなのと…

空を飛んで助けに来てね

Skypeに応答するとなんで映像切ってるのと彼女は言う。部屋中に洗濯物を干してるからだよと私はこたえる。それに電話っぽいほうが違和感がないっていうか、映像までついてると、過剰な気がする、恋をして頭がおかしくなってるときにその相手を見る、くらいの…

ICチップが傷つくように

彼は眼球だけでさっと左右を見渡し、これは秘密なんだけど、と言う。僕はほとんど文無しなんだ。今。現金に関してだけ。私は目を丸くし、彼の真似をしてそれを動かし、私のおばあさんの七十八のときの口調で、まあ、と言ってみせる。彼は笑う。私たちはおそ…

彼の殺された恋人

玲子さんはお元気と訊くと彼は意図して視線を固定している人の顔になり、元気だったよとこたえた。元気だったよ、先週はね。私は彼を見る。それから質問を重ねる。別れたの。彼はたのしそうに笑って、いいね、と言う。サヤカはどうしてそんなに話が早いのか…

どうか忘れていますように

帰省は今日までだと彼女が言うので、見送りがてら少し飲むことにした。彼女の両親と兄はずっと東京に住んでいる。彼女は進学のために名古屋に出て、そのまま就職して結婚した。小規模な町のようでもある駅の敷地の中の小さい店で飲んだり食べたり話したりし…