傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

2011-08-01から1ヶ月間の記事一覧

蛙にしてはいけません

別の部署から顔見知りの同僚がやってきて、はちにいぜろの件で、と言った。後ろの席の後輩が立ち上がって、ヤマザキさんですねとこたえ、出ていった。 午後を少し回ってから給湯室に立ち寄って昼食を温めていると、後輩が通りかかって、マキノさんこれからで…

シャッタを切る指

夏の金曜の夜だからか、オフィスにはほとんど人がいなかった。集中力が切れて、雑念が浮いてきた。「なぜ私は仕事をしているのか」と思い、この仕事が好きだから、それからもちろん食いっぱぐれないため、あと、誰かに必要とされていたいから、とこたえを出…

被初恋の人

あんまり知らない人から、それもちょっと悪くない感じの人から好きですって言われたら、マキノどう思う。彼がそう訊くので私は少し考える。どうって、相手によるけど、嬉しいかな。でも相手のことよく知らないんだよね、それならまずはお話をしなくてはね。…

だからボストンに行かなかった

彼はそのとき十八で、半年前まで両親や妹と住んでいた家にひとりで残っていた。それはアメリカ合衆国の、メキシコにほど近い都市の郊外にあった。家族は日本での生活を再開し、彼は残って進学することになっていた。 彼は彼の境遇に満足していた。一人になる…

彼は何を詐取したか

渋滞は地の果てまで続くように思われた。地の果ては見渡すかぎりの断崖絶壁で(地動説なんて真っ赤な嘘だったのだ)、渋滞の先頭に達した車がざあざあ落ちていく。高速道路には逃げ道がない。この車を乗り捨てて逃げなくては。 私がそのような妄想に浸ってい…