傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

2011-05-01から1ヶ月間の記事一覧

幽霊を待つ

幽霊が出るというので見にきた。大きくとられた窓の外にはまず空があり、視線を落とすと線路があり、それを少しずらすと駅舎が見えた。 悪くない部屋だ。東京の巨大な衛星のような市の、あたりでいちばん背の高い集合住宅の中にある2LDK。近所の小学校の新入…

あなたでさえも遠ざけて

包まずにタグだけ切ってもらって首に巻いた新しいストールを見せびらかして私は言う。このビーズ刺繍すごくいい、私に似合うと思う。彼女は携帯電話に目を落としたまま可愛い可愛いと私をあしらい、倦怠期の彼氏かと私は言う。 私たちは買い物を済ませて何年…

連休の繭

連休中はどうしてたと訊くと、彼女はうっとりと笑い、なんにも、と言った。なんにもしなかったし、どこにも行かなかった。私はすぐにことばが出てこないときいつもそうするように自分の指先をながめた。そこを走る神経に電気が流れ、それが脳に到達するとこ…

魔にもさされない

電話を取ると、なんかおもしろい話ないと彼は訊く。どういうのがいい、と私は聞きかえす。悲劇的なやつがいいと彼は言う。誰かの人生がだめになるようなやつ。 だめになる話の在庫はないな、劇的に幸せになる話はどう。私がこたえるとそんなの要らないと彼は…

午前二時の牛丼屋で生き別れの姉にビールを奢った話

彼がいつものように深夜の牛丼屋のカウンタを拭いていると、女がひとり入ってきた。客はほかにいなかった。彼女は牛丼と瓶ビールを注文し、彼はその顔を見て凍りついた。彼女は目を見開き、それからにっこりと笑って、彼の名を呼んだ。ここで働いてたの、び…