傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

インターネットに向いてない

 おいバズってるけどだいじょうぶか。

 そういうLINEが入った。私はソーシャルメディアが得意でない。 Twitterは数日に一度見る。言われて見てみるとたしかに私が投稿した短編がバズっていた。稀にあることだ。今年の春先にもあった。でもそれより規模が大きい。

 ほんとだ、と返信する。別の友人からもLINEが入る。バズってるね。そうだね、いま見た、と私はこたえる。メッセージがポップアップする。

 寒くなってきたから上着を持ち歩くんだよ。さやかさんは薄着でうろうろして「寒い」と言うのだから、あらかじめ天気予報を見るなどして気をつけなくてはいけないよ。バズってへんなメールが来たら次に会うときの酒の肴にするんだよ。

 友人たちは私を心配してLINEを送ってくれたのだ。私はバズると少し体調を崩す。正確に言うと、バズったためにそれまで私の文章を読んだことのない人がいっぱい来て、なかにはよくわからない人がおり、執拗な、あるいは奇妙なメッセージを送ってくるので、それで少し調子を崩す。

 一年くらい前に、「とにかく自分の相手をしてほしい、返信がほしい」というようなメッセージが何通も来たことがあった。見るだけで消耗するので、もとよりごく少なかったTwitterのフォローをゼロにし、DMの受付を不可能にして、リプライも見ないことにした。インターネット上の窓口はメールだけに絞った。だから多少バズったところで問題はないはずだった。今どきメールでブログの感想を送る人は少ない。年に何通とかしか来ない。お手紙みたいな感じでていねいに書いてくれる人がほとんどだ。平和である。

 平和であった。メールボックスをひらいて私は自分の語尾を修正した。罵詈雑言のメールが来ていたのではない。こんなのが来ていた。

 ファンレターをお送りしたく稚拙な筆を執らせていただきました。わたしはこのような人間です。(中略)マキノさんはわたしのことが嫌いだと知っています。わたしはいわゆる、腹を蹴られに来た犬です。わたしはマキノさんの文章に励まされたわけではありません。それどころか気力を挫かれ、気分を害しています。「わたしはあなたに嫌われているが、あなたの文章を素敵だと思っている」ということではないかと、自分でもよくわかりませんが、それだけを理解していただくべきだと愚考しました。今後ともどうぞご健勝でお変わりなくお過ごしください。

 私はそのメールを閉じた。私はその人のことを知らない。知るつもりもない。インターネットにメールアドレスを公開しているのだから、どんなメールが来る可能性もあるのだ。ありがたかったら返信し、名誉毀損なら法的手段をとり、それ以外は無視する。それだけが私にできることである。

 私にはわからない。無関係の赤の他人に嫌われるとか腹を蹴られるとか書いて寄越す意味がわからない。中略部分はプライベートなことがいろいろに書いてあったが、自己紹介としてもよくわからなかった。この人は私と自分を間違えているのかもしれないなと思った。赤の他人に対する距離感ではない。

 インターネットで文章を書いていると知らない人からほめてもらえる。ほめられたら嬉しい。そもそも私はインターネットでものを書き始めてわりとすぐ、以前から読んでいた作家に「できのよい短編である」というコメントをもらって、それで味をしめたところがある。知らない人にほめてもらえるのだから、知らない人からけなされるのも道理で、だからけなされるのはわりとどうでもよい。名誉毀損にあたるものにだけ法的手段をとればよい。しかし、こうした謎の負のエネルギーに満ちたものは、どうしたらいいのか。

 バズってますねえ、マキノさん、景気いいっすねえ。インターネット業界の人からそのようなLINEが来た。私は少し考えて返信した。注文原稿がバズったのではなくて、私の自主的なブログが読まれただけなので、経済的利得は発生していません。それどころか変なメールが来て少し消耗しています。

 返信が来た。マキノさん、読者のこと人間だと思ってるでしょ。だから疲れるんですよ。

 私は驚いた。インターネットの向こうにいるのが人間以外の何だというのか。返信は続いた。マキノさん、インターネット向いてないですよ。向こうはこちらを一方的に消費して「コンテンツ供給マシン」か何かだと思ってるんです。それで何千人も何万人もいるんです。だから読者は、「読者」っていう抽象的なカタマリなんです。人間ではない。

 上着を持ち歩こう、と思う。肌寒くなってきた。健康に気をつけよう。そしてただ文章を書いて、出そう。インターネットに向いてないけど。