傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

余剰の捕縛

 仕事の会合のあとでそのうち一人が飲みに行きたいというのでついていった。僕は人の言うことにあまり逆らわない。仕事上の利害関係に反する場合は逆らうし、夜の11時より遅くなるなら逆らう(眠りたいから)。それから酒を強要する相手には逆らう。僕は生まれつきアルコールを受けつけない。アルコールと同じように受けつけない思想信条と(あと、僕にはうまく言えないのだけれど、感受性みたいなもの)があって、それを押しつけられたらやはり逆らうのだが、幸運なことに、押しつけられるのは稀である。それとなく言われてもわからないからだ、要するに鈍いのだ、と言う友人もあるが、どちらでも良い。

 美術がお好きだと聞きました。ワインリストに目を走らせたままで彼は言い、お飲みにならないとも聞きました、と続ける。双方ともそのとおりです、と僕が答えると彼はなぜだか笑って、文字数が少ない、と言った。目は手元の冊子に向けたままである。何に対して、と尋ねると、情報に対してですよ、最低限じゃないですか、と言う。頭が良い、と思う。疑問文は明らかにすべき事項を示すものである。それを明らかにする回答のセンテンスが示すものがこの場合の「情報」である。そのうちもっとも文字数の少ない文章が良い回答である。そういう価値観を持っている。僕はプログラミングを生業のひとつにしている。

 彼はちょっと眉間に皺を寄せてウエイターになにやら言った。いいですか、と彼は言う。これからワインが来ますが、それはボトルで頼むと一人で飲みきらないからで、放っておいてください。匂いをかぐといいかもしれません。炭酸水も来るからそれを飲むといい。

 僕はそのようにする。ワインをちょっと舐める。美味しいと思う。酒は飲みたくないが、味はわからないこともない。だからアレルギーではないのだと思う。彼は言う。うちには美術館がありましてね。所有しているということですか。そう尋ねると、そうです、と言う。

 僕は現代美術が好きなので、美術館に私営のものがけっこうあることは知っている。私営なら所有者がある。自分で稼いで買うのではない。先祖代々とか一族郎党とかが持つものである。映画で観たことがある。要するにこの人は御曹司というやつだ。それを口にすると彼はそうですねえと言ってげらげら笑う。何が可笑しいのかはわからない。表情と声音が華やいでるのでそれが伝染して少し笑う。華やかな気分は伝染するものだ。伝染は、多いといやだけれど、たまになら好きだ。

 彼はその美術館の年間パスをくれる。僕は嬉しくてちょっと咳き込む。彼は笑う。笑い上戸である。関係する他の美術館のチケットもしばしば余るんです、だいたい二枚セットだからお友だちにあげてください。そう言う。どうして二枚なんですかと訊くとますます可笑しそうに笑う。

 ねえ、こんなのは、余剰ですよ。彼は言う。面倒ですよ、自分で選んだ仕事をしたいから、する、それで、財団の仕事もしなくちゃいけない。疲れる。あのね、馬鹿みたいですけど、資産が入った通帳を銀行に預けるんですよ、金庫を借りてね、その金庫の使用料を預金から引き落としてもらうんですよ、ほんとうにばかみたいだ、でもそれを捨てることができない、自分ひとりでやっていけると思うのに捨てる理由もないし、捨てることが何か恐ろしいから、できないんだ、そんなものに縛られて、逃げ出す理由もなくて、たまに疲れきって、ほんとうにばかみたいだ。

 僕にはよくわからない。そうですかと言う。興味がない。生まれてきたらみんな与えられたカードの中から捨てたり新しいカードを取ったりする。与えられたカードに捕縛される人生について三秒想像する。やっぱり興味がない。目の前の男は延々と話す。その内容は美術館のWebシステムにスライドし、僕はようやく情報量のある相槌を打つことができる。

 そろそろおやすみの時間ですね。彼はそのように言う。今日はありがとうございました。お先にお帰りください。よかったらまたおつきあいください。僕は時計を見る。二十二時四十分。それでは、と僕は言う。かばんを開くとどうかそのままでと彼は言う。何も飲んでいないでしょうと言う。僕は千円札を何枚かテーブルに置く。彼はまた少し笑う。よく笑う人だと思う。

 後日、友人にチケットをあげる。友人は喜ぶ。僕は彼の話をする。そうして尋ねる。あの人、なんなんだろう。友人は言う。えっとね、私のとぼしい人生経験によると、さみしい金持ちは自分のカネに関心のない人間が好きなんだよ。