傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

嘘つきの奥歯

 左上の奥歯が痛むので歯科医にかかった。毎年定期検診を受けて歯石を除去してもらっている、なじみの歯科である。歯科医院は小さなオフィスと住居が混在するマンションに入っていて、その建物にはちかごろよく見る「民泊禁止」の紙が貼ってある。

 歯科衛生士は首をひねった。ふだん歯切れの良い話し方をするのでたまにためらうと目立つ。マキノさん、この奥歯ねえ、あれよ、虫歯でそんなに痛いならもっとしみる、これ(プシュー)、うん、これが飛び上がるほどしみると思う、でもそもそもこの被せものは古いし、取ってみてもいいかもね、先生と相談してね。

 歯科医は首をひねった。痛みはどんな感じですか。ずどーん、と。ほほう。ずがーん、と。ふうむ。腫れはちょっとありますが、そんなにひどくはないですね。熱感は?ある、ありますか。主観的にはかなりひどいわけですね。眠れないくらい。市販の痛み止めは?あんまり効かなかったですか。

 私はてっきり虫歯だと思っていたので、だんだん不安になってきた。痛みには波があり、今はさほどでもないが、昨夜はもう歯の中身が腐ってるんじゃないかと感じるくらい痛かった。頭まで痛かった。なんなら目頭あたりまで痛い気がした。けれども今は、痛みそのものより「どうして痛いかわからないという不安」のほうがなんだか耐えがたくなってきた。開けますか、と歯科医が訊くので首を思い切り縦に振った。とにかく原因が知りたい。開けてほしい。どんどんオープンにしてほしい。

 歯科で歯を削られているのに心安らかというのは生まれてはじめての体験だった。ほらみろ、やっぱり虫歯だったんじゃないか、原因がわかればこっちのものだ、現代医療は偉大だ。そういう気分である。ところがひととおりの治療が終わると、歯科医は相変わらずはっきりしない顔で、いや、と言う。いや、たしかに削りました、虫歯はいちおう存在しました、でもたいした虫歯ではなかった、そんな激しい悪さをするほどのあれではないです、表面がちょっとぐずぐずっとしてるくらいのやつです。だから痛みの原因は虫歯ではありません。歯周病などもありません。レントゲンを見ても、中になにかあるという所見はありません。

 この歯科医は説明が丁寧で不要な断定を避ける。そういう専門家が原因は虫歯ではないときっぱり言うのだから、信じるしかない。ほかの可能性を尋ねると、歯科医領域外の、たとえば神経痛なども考えられるということだった。

 痛み止めなど処方してもらって帰宅する。激しい痛みはないが、うっすらと痛い。私は鏡の前に立ち、ぱかりと口をあける。奥歯を見る。神経、とつぶやく。たとえば神経が痛いと勘違いしているだけであんなにつらいことになるのか。どう考えてもこの奥歯の根元が痛かったと思うのに、そこには何の原因もなかった。神経痛かどうかはわからないけれど、少なくとも目に見える原因はないのだ。恐ろしい。神経がほんの一本「今すごく痛い」と嘘をつくだけで私の生活は崩壊してしまうのだ(一本と数えるかどうか知らないけど)。ものの本で「脚を切断した人の、もう存在しない脚が痛む」という話を読んだときには、なんという奇っ怪な、と思ったものだけれど、奇っ怪なのは私の歯も同じなのだった。

 神経とか精神とかのせいで起きる症状にはたいてい、規則正しい生活とかストレスを避けるとか、わりと薄ぼんやりした解決策が示される。でも、これがばかにできない。規則正しい生活もストレス対応も続けるのはたいへんだし、技術も必要だ。でも見返りはある。仕事をやりくりしてでも行う価値はある。そして私の奥歯はそれを求めているのだ。たぶん。

 私は私の病んだ一本の神経について想像する。彼女は何かひどい目に遭ったようで、すごく過敏になっている。嘘ばかりつく。痛い痛いと言う。サイレンみたいに泣きわめく。とても傷ついているのだ。彼女を責めてはいけない。嘘をつきたくてついているのではない。彼女をなぐさめ、いたわってやらなければならない。おお、よしよし。

 私は「よしよし」を実行する。色鮮やかな野菜を使ってあたたかい食事を作り、ゆっくり食べる。バスタブにしっかりお湯を張ってお風呂につかる。おお気持ちいい、と言う。そうして早めにベッドに入る。ほーら、健康だ。健康健康。ああハッピー。素敵な一日でした。私は横目でちらりと嘘つきの神経を見る。嘘つきの神経はじっと私を見ている。想像の中で、その一本の神経は、派手な服を着た若い女の子の姿をしている。しばらくはこの嘘つきの女の子と一緒に暮らして、彼女にやさしくしようと思う。