傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

孔雀の雄の尾羽の種類

 浮かれた人というのはおおむねいいものだ。見ていると気分がよくなる。みんなうきうきすればいいし、浮き足立てばいいし、明るい未来を思い描けばいい。そう思う。けれども、浮かれている人の浮かれている原因が目の前で叩き潰されることがあきらかである場合、そのかぎりではない。浮かれている側に感情移入しているから、たいそういたたまれなくなる。大きな穴に向かって飛び跳ねてる人を止めることができない、そういう気持ちだ。

 まして今日は浮かれている(そしてそれが見当違いである)人は私のせいでここにいるのだ。ちょっとした用事にかこつけて、若い男性を若い女性に引き合わせたのである。年頃のふたりを引き合わせるようなお節介をなぜするかといえば、単に楽しいからだ。そして紹介者はお節介の楽しさとともに、お節介が無効であった場合の渋い感情も味わう。何をするにしても得ばかりということはない。もちろん。

 女性は「いい人がいれば紹介してほしい」と言っていた。彼女にとって彼が「いい人」でないことは、私の目には明らかだった。人と人との相性の多くは、事前情報からはあきらかにならないのだ。好みのタイプとかつきあう条件とか、そういうのって、実にあてにならない。あてになるなら、私を含むすべてのお節介おばさんの幸福は約束される。でもそういうわけにはいかない。もちろん。

 話が合うね、と彼は言った。彼女はほほえんで返事をしなかった。ああ、と私は思った。話が合う、という台詞が発せられる状態の少なくとも半分は、そう感じる人間ばかりが話していて、聞き手が多少物知りで、気を遣って相槌を打っているから、会話が続いているにすぎない。もちろんそれは(広い意味での)口説きの手がかりでもあるので、言った側が本気ともかぎらない。 「わたしたちはぴったり」と思われるためにはまず自分がそう感じていると示す必要があるから、嘘でもそう言うのは有効だ。彼の台詞がそういう戦術めいたものならいいけれども、と私は思う。でもたぶんそうではない。彼はほんとうに彼女と話が合うと思っている。たぶん。

 彼らの(八割がた彼の)話がひと段落したところで、辞去する旨を告げた。彼女は私とともに帰るしぐさを見せた。彼女は彼との連絡先の交換をやんわりかわした。彼は笑顔のまま狼狽し、それから、やはり笑顔のまま、何かの被害にあったかのような色を、その目に浮かべた。

 彼女が言う。ねえマキノさん。なあにと私は尋ねる。ここ数年、つまり社会人になってしばらくしたら、男の人がやたらと収入の話をするんですけど、なんででしょうか。それはねと私はこたえる。おそらく、孔雀がばーっと尾羽を広げる行動、あれの一部なんですよ。あなたにアピールしているのですよ。彼女は首をかしげ、それから、稼いでいる額面を聞くと好感を持つなんてみんな文化的すぎる、と言う。表情や言語が先ではないのですか。おもむろに上着を脱いで筋肉をアピールされるほうがまだわかります。

 そうだねと私はこたえる。私もそうだ、好意を示されている場面で収入の話をされると「それ、いま関係ありますか?」と思う。でもそういうものなんだ。筋肉が先だろと思うのは動物的にすぎるんだ。もう少し年を取ったら、理解できなくても了解すると思うよ。それに私が紹介したからって気に入る必要はない、私は彼の尾羽の広げ方とか広げた中身とかは知らないから、結局のところあなたと彼が顔を合わせなければ相性はわからないのだし。

 申し訳ないです、と彼女は言う。いやいやと私は手を振る。尾羽の評価基準がちがっていたのだからしかたない。あなたの気に入る尾羽を広げていなかったんだからしかたがない。そんなこと見ればわかるのに、あなたの社交辞令をめいっぱい好意的に解釈してしまうのは、あなたがよほど気に入ったからだろうね。

 わかります、と彼女は言う。人間は雌にも尾羽があるので、わたしだって見当違いな尾羽をばさばさやってたこと、あります。きっと相手はほかのものが見たかったんでしょう。そういうのって、がっかりしちゃうけど、まあしょうがないですよね。ぐっときたらすかさず尾羽ばさーってやる、それ自体はまったくの正解です。もったいぶってもいいことないですよ。尾羽で殴ったりしちゃいけませんけど。

 あともう一人、紹介できる人がいると言ったよね、と私は確認する。どうする、やめておく?いえ、と彼女は私の質問の語尾を切る。やめません。会わなきゃわかりません。彼氏ほしいなら探しに行くのが当たり前です。今後とも積極的に尾羽をばさばさする場に行きたいと思います。私はそれを聞いて、笑った。