傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

僕の大嫌いなブス

 僕があの人を好きだったのはあの人がブスだったからだ。当の本人が、あっけなく、「きゅうりはみどりいろ」と言うみたいに、「わたしはブスだ」と言っていた。
 あの人は大学の先輩で、まわりにいつも誰かがいた。僕は馬鹿じゃない。趣味も悪くない。本だってけっこう読んでる。そして僕みたいな凡百の「馬鹿じゃない学生」が百人束になったって、あの人にはかなわなかった。
 僕の通っていたいけすかない大学では、馬鹿じゃないのはデフォルトで、そのうえでやたらと付加価値を示すのだった。その付加価値が容姿である者もたくさんいて、だから才色兼備系女子もごろごろしてたんだけど、あの人はそういう女子を取り巻きに従えた文化的女王さまみたいなものだった。僕はそのことがとても誇らしかった。僕はあの人のなんでもなかったけど。
 賢くてきれいな女の子たちがブスをとり囲んで話をしてもらいたがっていた。女の子の誰かがちょっと気の利いたことを言うと中央にいるブスがその女の子に何秒か笑いかける。すると女の子は嬉しそうに頬を染める。変な光景だ。
 あの人はただ頭がいいというのではなかった。もちろんいいんだけど、世の中には芸術を理解する才覚というものがあって、それは知能テストではかる能力とはまったく別のものだった。創作の能力ともちがう。文字で書かれたものであれビジュアルで示されたものであれ、そこから美しさの本質みたいなものをさっと取り上げてよどみなく言語化する能力だ。あの人には生まれつきそれが、髪の先から足の裏まで詰まっているように見えた。
 あの人はいつもへんな服を着ていた。正確には、服だけ見るとへんに見えるのにあの人が着ていると妙にしっくりくる服を着ていた。策を弄してすこしだけ仲良くなれたあと、そういう服ってどこで買うんですか、と訊いたら、たいそう軽蔑した顔になり(すべての表情が刺すような訴求力を持っている人で、わけても軽蔑の表情の威力はひとしおだった。その目で見られるともちろん腹立たしく、それから悪寒すれすれの、妙な気持ちよさがあった)、きみには似合わない、と言った。自分では着ませんけど、と僕は言った。見てて、すてきだなって。
 あの人は僕をはじめて見たみたいに上から下までさっと視線でスキャンし、それから、きみ、わたしが好きなの、と訊いた。はいと僕はこたえた。好きです。きみにその資格はないとあの人はあっけなく言った。きみみたいにきれいな男の子には。きみみたいにきれいで如才なくて何にも困ったことのない男の子には。
 きみはわたしの才能を好きだ。きみにはないものだから。そうしてわたしがブスだからそれをとっかかりにすればわたしのぜんぶが手に入ると思っている。わたしが美しかったらきみはわたしを好きにならない。きみは自分よりすぐれた者が好きなのに、どこもかしこも自分よりすぐれていては恋をすることができない。男だからかな。相手が自分より劣っていないと欲情できない男は多いよ、そういうフェチなんだろうね。趣味の問題だ。そしてわたしの趣味はそれに合わない。
 なにか反論はある、と訊かれて、いえ、と僕はこたえた。ありません。ぜんぶ合ってます、たぶん。自覚しなさいとあの人は言った。自分の欲望を自覚して、それを満たすような相手を探して、その人に合わせて取り繕いなさい。
 つまり僕は僕の浅ましい欲望の構造を丁寧に解説されたのだった。上品に見せている趣味が実は下手物食いだと暴かれたのだった。好きな人から。くやしいからあの人を取り巻いていたかわいい女の子のひとりとつきあった。僕が誰とつきあおうが、あの人にはどうでもいいことだけど。
 久しぶりにあの人のことを思い出したのは、つきあっている女の子が、先輩、結婚したんだって、と言ったからだ。結婚式の写真見る?先輩、きれいよ。
 僕はそれを見たくない。量産型の花嫁になるために厚塗りして「きれい」になったあの人なんか見たくない。どこかのくだらない男のために「取り繕った」顔なんか見たくない。僕があの人を好きだったのはあの人がブスのまま世界とわたりあっていたからだ。あの人は薄口のよくある顔を繕わないからブスなので、塗りたくってそこらへんのばかな男が好きなだせえ服を着たら別にブスじゃない。でもあの人は美意識過剰で、自分の顔が美しくないというだけで底なしの劣等感を持っていた。僕はそれを、自分が解消してあげられると思っていた。だから好きだった。すごく好きだった。もちろん今となってはむかつくだけの過去だ。僕はブスなんか嫌いだ。だから僕は、そんな写真は見ないし、それがこの世にあったこと自体、明日になったら忘れてやるんだ。