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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

あたりまえの朝の通勤

 電車の席に座っている。隣の男が頭を強く掻く。視界の端にこまかい何かが落ちてくる。私は身を縮める。できるだけ満員電車に乗らない人生を選んできたけれど、ときには他者の都合に合わせなければならない。目の前には人が詰まっている。立錐の余地をぎりぎり確保して、各自バランスをとっている。電車が揺れ、立った錐の群れがよろめく。私は身を縮める。
 隣の男は頭の全面を掻き終えたのか、右手で首筋を、左手で袖を捲った右腕を掻きはじめる。視界の端にそれが映る。奇妙に秩序だった動作だ。余すところなく全面を順繰りに掻いているかのようだ。もちろん私はその男が真に全面を掻いているか確認してはいない。確認したらたぶん吐き気に耐えることができない。けれども反対側の隣に顔を向けることもできない。そこにはこぼれ落ちそうな目を見開き(眼球が球であることがはっきりとわかる)、その眼の周囲を黒くかこみ、ひとつの塊のように厚い睫毛をばさりばさりと羽ばたかせ、身じろぎするたびに白粉かなにかの粉を落とし、古いトイレの消臭剤みたいなにおいを振りまく女がいるのだ。
 私は自分の感覚を遠ざける。五感が私からすこし離れる。つらいときに発動させる得意技だ。彼らは私にとって、それほどまでに不快だ。けれども、たとえ電車を降り彼らのいないところへ行っても、私は彼らを罵倒することはできない。だって、私も皮膚を掻くからだ。からだのどこからどこまでは電車のなかで掻いてはならない、何秒以上は掻いてはならない、などという決まりはないからだ。私の肌にもファンデーションはついているからだ。それが隣の女の皮膚から落ちてくる粉とどうちがうのか、どこからがだめなものになるのか、説明なんかできないからだ。
 女はしげしげと手鏡を見、おもむろに小さなスプレー缶を取り出して、その山盛りの、なぜだか白髪交じりの髪にブシュッと吹きつけた。つるつるした顔なのに白髪ははっきりとわかるほどに、ある。刺激臭が飛び、私は息を止めるタイミングが遅れたことを悟る。なんて鈍いのだろうと思う。息をする間合いを誤るなんて。私はあらゆる努力をしてくしゃみを最低限にとどめる。ぐ、と音がする。
 男の肘が私の脇腹をがさがさ這い回る。抗議をこめて目だけで見れば、男はおそるべき集中力で奇怪な姿勢を保ち、裾を捲り上げた脛を掻いている。私はぞっとする。抗議なんかできない。私はさらに身を縮める。俯いた視界に、両側から得体の知れない粉がちらちら落ちる。せいいっぱい竦めた足の隙間に、立っている人々の靴が押し入ってくる。靴はどれも武器のように硬い。それらは徐々に私の足を圧迫し、ときに鋭くぶつかる。しかし足を上げてはいけない。どんなに痛くても。いちど上げたら二度と降ろすことはできない。二度と?そういえば、駅にはまだ着かないのか。私は老いた蛹のように身を縮め、もはや腕時計を見ることもできない。私は次の駅についてのアナウンスを待つ。それは来ない。まだ、来ない。
 私は眼球だけを動かす。立っている人々はみな、憎悪の眼を座席に向けている。私は目を逸らす。自分と彼らの陣地争いの結果を見つめる。私は防戦一方で、それでも両足を床につけている。ごめんなさい、と言いたくなる。だって私は、電車に乗るのに彼らより多くのお金を支払っているのではない。彼らよりすぐれたところもたぶんない。だから彼らが不当だと感じるのは当然のことだ。ごめんなさい、と私は、また思う。でも言えない。言ったら最後、私は立たなければならない。立って錐のようにつま先を立てて自分の場所を確保しなければならない。
 そんなことは私にはできない。私は対面に立つ人々からどれほど憎まれ、足を踏まれ、両側からの悪臭に晒され、身動きとれずに不衛生な粉末をかけられようとも、ここにいるしかないのだ。私は、ここにいたいのだ。女が私に眼を向ける。その眦はくっきりと三角形に、赤い。赤い?白目や黒目ではなくて?
 それがむきだしの粘膜だと気づいて私は、何度目かの悲鳴を呑む。この人は目尻を、見てわかるほどに切り開いたのだ。私のしているささやかな化粧と、おそらくは同じ理由で。すなわち「そのほうが容姿がよく見えると思う」という理由で。瞳孔は大きくのっぺりと黒く、それでも上下に空白がある。女の目はそれほどまでに切り開かれ、見開かれている。ぞっとして反対側に目がいく。男はいかにも贅沢な布地のスーツを着ている。男はうす赤い顔をしている。そうして爪を立てた両手で、ゆっくりと、顔を掻きはじめる。額。こめかみ。眉。眉間。まぶた。