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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

そんなものはありません

 私はつまらない科学の子なので、医療の場でもないのに血液型を訊かれると半笑いをかえす。いうまでもなく血液型は性格を左右しない。多くの場合、真実ではないとわかっていて会話のツールとする遊びなのだろう。そうであるにせよ、遊びとして幼稚だと思う。他人の性格を決めてかかってとやかく言うのは有害ですらある。どんな場面でだって、そこまでして話題をひねり出す必要はない。黙って向かいあっているほうがよほどまともだ。
 もちろんそんな考えは口には出さない。場合によっては適当に乗ったふりをする。そうしないと損をする場面があるのだ。理不尽な世の中である。もちろん心の中では「ないわー」と思っている。
 同じようにマイナスイオンで健康がどうこうというのも「ない」。こちらは他人の内面に踏みこまないけれども、背後に広がる擬似科学の薄闇にぞっとする。いずれにせよ、そんなものがないことはたしかなので、それを伝達できない場面だといささかいやな気分にはなる。

 しかし、先だって、生まれてはじめて、「マイナスイオン」を可とした。個人的に。
 今日はすみませんねえバレンタインデイなのに。日曜日の仕事中に誰かがそう言って、いいんですよとひとりがこたえた。夫には昨夜のうちにチョコレートを渡しておきました。今日はごはんをつくって待っていてくれるでしょう。いいですねえと相手は言った。理解のある旦那さまなんですねえ。ちっ、と私は思う。もちろん口には出さない。夫婦の片方が休日出勤して片方がごはんつくって待っている。そのとき出勤しているのが妻であると突然に「理解がある」と言う。それがなぜなのか、この人は考えたことがないのか。言われた女性をみると、ふふふと笑っている。それから口をひらく。ごはんはどっちでもいいんですけどね、帰って、うちにいてくれれば。マイナスイオン出てると思うんですようちの夫。
 空気がいいのですかと私は尋ねる。空気がいいんですよと彼女はこたえる。家で息をしていると疲れがとれます。寒いと手をかざします。
 それは、むしろ、フィトンチッドではないか、その夫は植物なのか、森なのか、あと、最後のは、ストーブとかではないか。そう思った。比喩なのだから、まあなんでもいいかな、とも思った。好きな人がそばにいたらいい影響がある。人を好きになって結婚したら、家庭はたいてい、健康にいいのではないか。けれども、なかなかそういうわけにはいかない。言うまでもなく、愛は永遠ではない。何年ももたないことだってある。そもそも好きでもなんでもなくて事情があるから一緒にいる人たちだってたくさんいる。
 だから、家族がそばにいることが好ましいと聞くと、とても安心する。私は、伴侶や家族が健康にいいような関係が、大多数であってほしい。おまえはなにもわかっていないと笑われてもいいから、そうであってほしい。あちこちで、家族が健康によくないような話を聞くから、私はいちいちかなしい。悪いことだけがおもてに出て、好ましいことは隠されているのかもしれない。できたら、あんまり隠さないでほしい。みんなもっとのろけてほしい。一緒にいるといい気持ちがするのだと、そう言ってほしい。私は、性格を占う方法なんかより、そちらのほうがよほど、ほしい。
 
 新しい機械を入れようかと思ってるんですよ。ここしばらく髪を切ってもらっている美容師が言う。水の分子をこまかくして汚れをよく落とすというんです。実際カメラで毛根の状態なんかを見ると、お湯だけでもよく落ちてるんですよ。炭酸シャワーもそろそろ新鮮味なくなってきたんで、アリかなって。
 ナシです。私は断定する。ナシですかと美容師が言う。ナシですと私は繰りかえす。水の分子は小さくなりません。分子が変化したら水ではありません。ついでに優しい言葉をかけたりしても変化はありません。そんなもの少なくとも私には使わないでくださいよ。
 マキノさん。美容師が言う。僕もちょっとあやしいんじゃないかなって思ってマキノさんに話を振ったんです。マキノさんそういうのに容赦ないから。だから僕は助かるんですけど、でも、モテませんよね、そういう姿勢って。
 私は鏡を見る。髪を切ってもらいながら目をあわせるにはそれしか方法がない。もちろん、とこたえる。もちろん、まったくモテません。でもいいのです。ないものはないんです。水分子は小さくならないし、ドライヤーからマイナスイオンが出て髪がつやつやになったりはしないんです。