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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

被差別売ります

 もてるよねえと女たちは言う。可愛いものねえと私も言う。そんなことないですよおと彼女はこたえる。その回答はありふれているのにとても愛らしく、ちょうどいいタイミングで、ちょうどいい視線とともに発せられる。私は感心して、それから、言う。ねえ、もう会社辞めるんだし、いま利害関係のある人は残っていないでしょう。もてる秘訣でも教えて頂戴よ。なにしろ今日は女子送別会。あなたが女性ばかりで行きたいと言ったときにはちょっとびっくりしたけど、まあ、わかるよ、あなたはもてるから、退職ともなると男どもがいつにもましてうるさくて、そしてあなたがうるさくしてほしい人はうちの会社にはもういないってことだよね。

 彼女はうふふと笑う。ワイン、もう一本、ボトルで取っちゃおうか、と私はけしかける。いいですよ、私は先輩だから、リストのこのあたりまでならご馳走できますよ。彼女は絶妙なタイミングで顔の前に手をあげてそれを動かし、否定とも肯定ともつかないしぐさをした。じゃあ次のワインはこれでー。まったく退職の予定のない別の後輩がリストを指さして宣言し、私たちはみんなで笑う。

 そこまでがたぶん一連の芝居なのだ、と私は思う。芝居というほど意図に満ちてはいないのだろうけれども、あうんの呼吸でそれぞれの役割を果たす、彼女たちのおなじみのやりとり。場をつかむことに長けて、指示することなく誰かに何かを言わせて、そうしてなんとなくいい気分にさせる。彼女は、そういう人だ。だからもてるのだと、私は思っていた。いくら私がぼんやりした人間だからといって容姿や仕草が愛らしいだけで飛び抜けて異性の人気を獲得するなんて思っていない。人間は、中身だ。正確には、他者に提供する「この人間の中身である性格や感情」を示す表現だ。外見なんて試験でいえば脚切りにすぎない。好意を持つ人間の量を稼ぐには、圧倒的な造形美はむしろ不利にさえなる。適度に整い、適度に時流を押さえ、路線が自分と大幅に異なるものではない。そのような条件をおおむね満たしている相手なら、なにしろ「中身」が重要なのだ。

 マキノさん、わたしがそれを解説できる程度には作為をもってやってるってわかってるからそう言うんでしょ。彼女はそう指摘し、さっきよりすこしだけふてぶてしい仕草でグラスをかたむける。そうだよと私はこたえる。あなたが比較的親しい女ばかりの場をリクエストしたんだから、たまにはモテ服を脱いで話しても楽しいんじゃないかしら、という提案ですよ。彼女はやはりいつもよりすこしだけ力強い笑いを笑って、それから、マキノさん、後悔しますよ、と言った。瞳孔が一瞬にして鏡のようにきらめき、同じくらいすばやく、暗い穴になった。

 好きっていろいろあるんですけど、たとえばマキノさんは、純情可憐な十二歳みたいなところがあるから、尊敬できる人とか、好きでしょう。そうして自分にも敬意をもってほしいなんて思ってるでしょう。あのね、それ、いちばんもてないんですよ。

 多くの男たちが女に求めるもっとも大きなものはね、差別して、それを許されることです。気持ちよく当然のように、ときにお膳立てして円滑に、差別させてくれてくれる女。あ、マキノさん、そんな人は少数だって言いたいんだ。それならどうしてわたしがこんなにもてるのかって話です。あのね、わたしはずっと、いかにやさしく自然に自分を見下させるか、いかに自分を格下と感じさせるか、狙った相手にいかにして「こいつは差別してもいい」と思わせるか、その戦術ばかりを練ってきたの。だからばかみたいにもてるんです。

 ねえ、マキノさん、尊敬しあって愛しあう人なんか、いやしませんよ。どこかにはいるんでしょうけど、すっごく少ない。だからマキノさんはもてなくて、わたしはもてるの。

 みんな差別したいんです。差別できる相手を内心必死で探している。わたしはそれを供給してあげてるんです。差別はいけませんねという建前が行き渡ったこの世の中で他人に指さされない程度にマイルドな、でも満足感の高い差別対象を。人権意識の網の目が取りこぼす愛の巣の中でなら、もっともっと満足できることが増えます。そうしてもいいのよというサインを上手に出してやる。わたしが持っているのはそのための技術と、そんな気持ちいい相手をなくすのが怖いから暴力を振るったりはしないでおこうという危機感を持たせる技術です。「女のくせに」と言いたくてたまらない連中に「あなたの割り当ての『女』はこれですよ」というふうに差し出してやるんです。そうすれば、マキノさんも明日から、ばかみたいにもてますよ。わたしが保証します。

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