傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

愛することなく愛されるということ

 連絡先を流し見る。しばらく連絡していない相手を選択し、定型文をコピー&ペーストする。さまざまなアプリケーションでそれを繰りかえす。一日程度のあいだに、ぽつりぽつりと返答がある。もちろん半分以上の連絡先は沈黙したままだ。
 誰かが僕の近況を訊く。僕はまたしても定型文をコピー&ペーストする。そうしながら相手がどういう人だったかを思い出す。二年前に僕のことを好きだと言っていた人だ。他の女性といろいろあった時期で、だから申し訳なくてつきあえないと言ったら、泣きそうな顔をしていた。可愛い顔だった。
 ある程度の年齢に達すると好意を押し殺して冷静に振る舞おうとする人も少なくない。けれども彼女はそうではなかった。大人げないほど感情豊かで、かわいそうなくらいに素直だった。まっすぐ走ってきてためらいなく自分の心をまるごとつかみ出して僕に差し出したような人。
 ちょうどいい、と僕は思う。僕がふだん使わないのに消していない連絡先はもちろんぜんぶ女性たちのものだ。多かれ少なかれ僕に好意的だった女性たち。なかでも振った相手であれば都合が良い。
 もちろん、女性たちがずっと僕のことを好きだなんて思っていない。そんなに自信に満ちた人間ではない。ただ、もしもその人が退屈していたり、今の生活に不満を持っていたら、以前好意を持っていた男からの連絡はいい娯楽になる。やりとりしている間に思い出すこともあろうというものだ。
 僕は女性たちに親切で誠実だ。一度に何人もの女性とつきあったりなんかしない。やさしく丁寧であることを心がけているし、女性たちにもそう言ってもらえる−−−いろんな意味で。
 やあゴミクズ。
 ロックのかかったスマートフォンの黒い画面に通知が浮かび上がる。指をスライドさせてロックを解除するあいだにもメッセージは一方的に流れつづける。
 相変わらず腐った生活してるんだね。わたしに連絡してくるということは自分を好きな女がいない状態なんでしょ。誰かに好かれていないと保たない依存体質だもんね。いい年してまだ変わらないの?いい年だから変わらないのか。
 あなたは、誰でもいいから自分を好きになってほしい。でも誰に好かれても満たされない。なぜなら自分のことを好きじゃないから。好きじゃなくて当たり前だよねえ、だってあなたってゴミクズみたいだもん。一見やさしいように見えるのは、相手と感情を交換していなくって、そのために冷静でいられるから。好かれたいだけで、好きという感情はあなたの中にない。
 あなたは自分の感情をちゃんと育ててこなかった。感情から逃げ回ってきた。その年齢では育て直すのももう無理だね。そのまま寿命だね。あなたは誰にも愛されずに死ぬ。さみしさをきちんと感じることもできないから、なんとなく辛く苦しいまま、孤独に生きて死ぬ。こうやっていろんな女に連絡しても返信が戻ってくる割合が減っていって、新しく誰かと知り合うことも徐々になくなる。そうして認めてやらなかったさみしさが真綿のようにゆっくりとあなたの首を絞める。さようなら。
 僕は彼女が送ってきた暴言の数々を衝動的に消し、それから、もう一度言ってみろと書いて送った。けれども彼女は僕の連絡を拒否する設定をしたようだった。僕は機種変更前のスマートフォンと古いノートPCを探した。僕は彼女の電話番号も知っていたはずなのだ。それなのに今のアドレス帳にはなぜだか入っていないのだ。電話番号なら着信拒否したって別の電話番号からかければつながるはずなのに。
 探しているうちに頭の中に霧がかかり、からだが勝手に動くような状態になった。僕はただ片端から抽斗を開き、中身を出し、舌打ちをして、次の抽斗に移った。僕は部屋中のあらゆる箱を開いた。ものをためこむほうではないから、たいした量ではなかった。それでも異様な光景だった。すべてが開き、すべてがぶちまけられ、それらはみなゴミクズに見えた。ゴミクズしかない、と思った。
 スマートフォンに新しいメッセージが届いた。久しぶり。元気だった?わたしは相変わらずです。
 僕はゆっくりとそれを読む。五年前に別れた元彼女だ。ほかの男に取られたんだけど、それでも「相変わらず」か。僕は定型文をコピーする。僕はそれをペーストする。それから思う。どうしてこんなに部屋が散らかっているんだろう。わけのわからないメッセージが来て苛ついたからか。そうだった。やれやれ。大きなゴミ袋が必要だ。どれもこれも要らないものばかりじゃないか。

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