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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

一時避難所として必要な技能

 自分には子がないくせに小さい子のいる家に行くのがわりと好きで、呼ばれるとにこにこして行く。それだから私は数名の子に「ときどき来るおばさん」として認識されているんだけれど、今年は久々に新生児が誕生した。自分が産んだのでもないくせになんとなくそわそわしてうれしい。
 私は悲観的なので、子が出てくる前は他人のくせに何かと気を病み「いくら医学が発達したといっても出産が命がけであることに代わりはない」と暗い顔して別の友だちに訴えるなど、たいそうウザい人間になる。現金なもので、産まれてしまえばただただ喜ばしい。
 子のいる家に呼ばれると、子がかわいいのでいろいろやらせてもらう。ミルクをつくって飲ませたりおむつを替えたり寝かしつけたりはできるけれども、ほ乳瓶の消毒はしたことがない。入浴は首が据わったあとの、一緒に湯船につかっていい状態の子としかした経験がない。爪切りとかもできない。何より泣き声が尋常か尋常じゃないか、判断できる自信がない。
 子のない独身としてはそれでじゅうぶんだ、むしろ無用な能力だ、という意見もあるけれど、同じく子のない独身でもっとできるやつもいるのだ。彼女はさらりと、ベビーバスはなくてもいい、と言った。この家みたいにシンクが大きければ沐浴にも使える。私はたいそう驚き、まじで、と言った。まじで、と彼女はこたえた。よくわかったねえ、ここで洗ってるよ、と家主がこたえた。腰も痛くならないし、いいよー。私はシンクを見、それから赤子を見、ちっちゃ!と言った。家主から、はじめて見たんじゃないのに、と笑われた。シンクが風呂サイズだと思うとよけい小さく見えるものなのだ。
 年の離れたきょうだいでもいたっけ。「病気も障碍もない状態なら乳児から泊まりで一時預かり可」だという友人に尋ねる。いない、と彼女はこたえる。自分の子もないし、誰かの子を育てる機会があったのでもない。保育士の知りあいがいて、その人が子を産んだときに何度も泊まりがけで習いに行ったのだという。
 何のために、と訊くと、非常事態にそなえて、と彼女はこたえる。私の知っている誰かに何かあったとき、私が子どもを預かることができるように。私はちょっと黙る。そうか、と言う。そう、と彼女はこたえる。
 彼女はむかし、ごく親しい人をなくした。その人にはいろいろな意味で居場所がなかった。うちでよければ来なよって提案はしたんだけど、と彼女は言っていた。同じ部屋にいたらいくらなんでも嫌いになるだろうから、って、来なかった。私、まだお給料あんまりなくって、一部屋多いマンションに引っ越して「部屋は余ってるからいつでも来い」って言えなかった。気持ちにも余裕がなかった。自分のことで手一杯だった。そういうのって親しければわかるんだよね、たぶん。
 だから、と彼女は言う。私は私の親しい人になにかあったとき、せめて一時的な避難所になれるようにと思って、この十年を過ごしてきたの。収入も、誰かをしばらく食べさせるくらいはできるようになったし、すぐ引っ越したり遠くへ駆けつけたりできる蓄えもつくったし、休暇が取りやすい環境も手に入れた。それから、人の世話ができるようになった。劇的に役に立ったことは今のところないけど、自己満足だからいいの。ときどき喜んでもらえることもあるしね。
 そう、と私は言う。えらいね、と言う。自己満足だよと彼女はくりかえす。えらいねと私は、口に出さずに繰りかえす。私たちがどんなに有能になっても、どんなに余力を持ったとしても、そんなことは実はたいした問題ではない。私たちがいくら誰かの役に立とうとしても、実務的な能力や経済的な基盤を差し出して誰かをこの世にとどめようとしても、たいていの場合、何の役にも立つことができない。去る人は差し出す手をすりぬけて消えてしまう。彼女はそのことも知っている。それでも、生涯使用されないかもしれない一時避難所としての技能をそなえつづける。「次に誰かが困っていたら私が助ける、私にはその能力がある」という物語をつくる。そのようにして彼女は彼女自身を救う。人に去られたときの対応としてはもっともうつくしい部類にはいるんじゃないだろうか。
 でもまだ片手落ちだね、と彼女は言う。次は介護だなと思って、ほら、そろそろ私たちの世代、親の介護を担当する人が出てくるころでしょ。何日か交代できるようにしておかないと。自分が年とったときにも役に立つだろうし。でもさあ、子どもとちがって人に教えてもらうってわけにはいかないよね。だからいま通信教育のパンフレット集めてるんだ。