傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

悪いメビウス

 その男の顔立ちは中学生の面影を強く残してはいなかった。けれども私にはすぐにわかった。私が知るかぎりもっとも卑しい声をその男は持っていた。大人になってもそれは変わっていなかった。よりくっきりと、臭気を強くしているように思われた。それは背後から聞こえた。いいとこ勤めてんじゃん、保証人とかどうしたの、あの会社いいかげんなんだなあ、ネットに書き込みしとかないと。あ、それとも福祉枠みたいな?そういう系?
 シセツ、と男はよく言った。まだ少年だったころ、児童養護施設から通っているクラスの女の子について、まるでそれが名前であるかのように。シセツって生きてて恥ずかしくないのかね、人の税金使ってメシ食って。給食くってるの目に入ると気色悪い。施し受けてる豚じゃん。
 私が振り向くとすでに施設育ちの彼女の親友だった人(今でもきっとそうなのだろう)が立ちはだかり、黙っている彼女の手を引いた。ふたりを背に回して私が立ち、中学校を出てすぐ自衛官になった同窓生が男の正面に立った。やあ、と自衛官は言った。ちょっと外で話そうか。何だよと男は笑った。昔とおなじ笑いかただった。シセツって言ってなにが悪いんですかあ、と言ったときと同じ顔だ。シセツって悪口なんですかー。なんでですかー。
 何だよ、と男はもう一度言った。力を感じさせる者には、たとえば「何だよ中卒」とは言えない人間なのだった。私は女の子たち、もと女の子たちを追って出口に向かい、目立たないところに誘導した。
 片方がわあっと泣きだして、片方がその背に手を乗せた。泣いているのは嘲られていないほうだった。そうだ、と私は思い出した。少年だった男が悪意のかたまりのような声を、わざと少し離れたところから発しても、彼女は決して動揺しなかった。怒るのはいつも彼女の親友であり、私であり、ときどき「おまえいいかげんにしとけ」と言って出てくる、男が決して逆らえない、土地持ちの医者の家系に生まれた秀才の少年なのだった。
 彼女は強いんだろうと私は思う。でも、と思う。泣いている彼女の親友は誰のせいで泣いているんだろう。もちろんあの男のせいだ。けれども、ほんとうにそれだけだろうか。
 昔から、彼女は泣かなかった。日本の法律で私はごはん食べていいことになってる、と言っていた。彼女は、庇護されないことに慣れていた。嘲りを受けることに順応していた。少なくとも十三の段階で、それは完成していた。だから誰の悪意にも負けず、安定した職を得てここにいるんだろう、と私は思う。それはいいことだ。でも、ただひたすらにいいことなのだろうか。
 彼女は親友が彼女への侮辱を我がことのように受けとって泣く意味を理解することができない。彼女に向けられた悪意が鎧にはね返されてあの男のもとへ戻るならどんなにいいだろうと私は思う。でもそうじゃない。彼女は悪意を透過させるからだを手に入れた。だからそばにいる人が流れ弾を受ける。彼女は彼女を大切に思って感情をともにする人を、実のところ理解できない。そういうのわからない、といつか言っていた。ありがたいことだっていう知識はあるけど。
 生まれつき誰の特別でもなかったから、誰も特別にすることができない。だから悪意は彼女を通過するかわりに、彼女を愛する者を傷つける。うっすらした友だちでしかなかった私でさえ胸が苦しいことなんか、彼女は見当もつかないのだろう。いまの彼女を見せつけて見返してやりたかったのはきっと親友のほうで、彼女はただ、来いと言われて同窓会みたいな場に来ただけなんだろう。
 一週間後、自衛官から連絡があった。酒が抜けた状態で言い聞かせておこうと思って、と自衛官は言い、何人かであの男を呼んだのだと語った。真昼だったのにこの前と同じくらい酔ってた。もうだいぶ酒にやられてるね。本人は気づいてないけど。だからあきらめた。マキノ、詳しいだろ、酒浸りになりやすいタイプとか環境とか。あのさ、考えてみれば、なんであいつは、昔からあんなだったんだろう、そしてどうして俺たちはそのことについて一度も考えたことがなかったんだろう。
 あの男は悪意を発する必要がある環境に生まれ落ちたのだ、と私は思う。あの男の、あの少年の邪悪さには、どこか人工的なところがあった。誰かの悪意に溺れて、苦しくないように同化したのだと、どうして今まで、想像さえしなかったのか。
 誰かの悪意を正しい鏡ではね返すことができたらどんなにいいだろう、とまた私は思う。けれどもそうではない。苛烈で継続的な悪意はそれを受けた人を透明にするか悪意そのものに染める。そうでなければ、生きていかれないから。そして悪いメビウスの輪のように、捩れながら世界を回っているのだろう。

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