傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

編み込まれたパズル

 やたらと交友関係の豊かな友だちが年に一度、山と海があるところに大勢の人を呼ぶので、都合がつけば私も行く。何度か見た人と初対面の人と、この場の外でもつきあいのある人がいる。みんなで炭に火をつけていろんなものをてきとうに焼いて食べ、小さなグループが散発的にでき、それが変化する。みんなが楽しそうに動き、年齢や性別に偏らず作業が進んでいくところを私は気に入っていた。
 何度か見たことのある、たしか佐藤だとか、そういった匿名的な名前の男が口をひらく。好きな仕事をして評価されて恋人や親しい人たちがいて経済的にも安定してたら幸せだよねえ。一般的には、と誰かが相づちを打つ。他人にはわからないことがあるし病気とかの可能性もありますけどねと別の誰かが言う。佐藤はうなずく。そして但し書きめいたせりふを口にする。これから僕はあまり愉快でない話をする。そこにはこの場の主催者と私とほかに三人ばかりの人間がいた。誰も席を立たなかった。
 佐藤は学生時代に予備校教師のアルバイトをしていた。そうしてアルバイト先と大学が同じ友人がいた。佐藤は就職とともにアルバイトを辞め、友人は卒業後も残って予備校教師をしながら楽器の演奏を仕事にしはじめた。趣味だった音楽が認められたのだった。予備校では人気教師で、生活は安定していたし、音楽の仕事と両立することができた。
 十年ほど経つと彼の演奏家としての評価は上昇し、なかなかの売れっ子になった。テレビに出るタイプのミュージシャンではなく(彼はそれを望んでおらず、PVの目立たない位置にいる程度だった)、彼の名前がどこかに記された商業音楽がいくつも出回るようになった。
 彼には長年の恋人がいた。彼女はわりあいに大きい会社の社員で、そのうち同居するんだろうと周囲は思っていた。彼らは穏やかに暮らし、それに満足しているように見えた。音楽で売れても彼は予備校を辞めず、授業時間を減らしたのみだった。経済的にそれを必要としているのではなかった。あの仕事も好きなんだと彼は言った。担当は主に現代文で、文学好きの受講生も少なくなかった。あの先生は有名な小説の主人公みたいだと生徒たちは言い交わし、教室はいつもいっぱいだった。
 この三年ほど、商業音楽的な意味での大物が彼と仕事をするようになった。佐藤は大学を出たあと、年に一度か二度のペースで彼と話をしていた。演奏家として売れることについて、佐藤は尋ねた。プレッシャーで辛くなることはない?ない、と彼はこたえた。そういう精神じゃないみたいだ。それならよかったと佐藤は言った。僕はガツガツした人間で目立つほど嬉しいし会社でも「みんな俺を褒めろ」くらいに思ってるけど、おまえは静かだからさ。
 それが三年ほど前で、その後も佐藤は彼とときどき話をした。直接会うこともあったし、そうでないこともあった。先だっては通信端末を経由した会話だった。彼のほうかかってきて、佐藤もちょうど時間があったので、少しばかり長めに話した。彼の仕事は静かで順調、佐藤の仕事は山あり谷ありで、でもそれはたがいがそれを求めているからなんだろうという話になった。佐藤は刺激がないと気が済まないんだろうねと彼は言った。それから彼女がどうこうという話をした。今日はいない、明日来るよと彼が言ったことを、佐藤はよく覚えている。
 警察が解剖によって決めた彼の死亡時刻は佐藤と彼が話をした時間帯だった。ちょうど日付が変わったところで電話を切ったので、佐藤は彼の家族のもとに出向き、通話に使用したアプリの画面を見せて説明した。じゃあ私たちのなかでの命日は一日ずらしましょうねと彼の家族と彼の彼女は言った。みんな彼の死をうまく理解できていないように見えた。佐藤にもわからなかった。少なくとも佐藤との電話の直後に彼が自分の部屋にロープを設置し、それを使用して世を去ったというタイミングについては。
 死ぬことはあるだろう、と佐藤は言った。それは理不尽にやってくるものでもあるんだろう。でも死ぬ間際に話すなら、家族や恋人や、あるいは恨みのある人物、とにかく強い感情を持つ相手を選ぶんじゃないかと思う。どうして僕だったんだろう。
 それは絶対にわからない、と佐藤は言う。誰にも、永遠に。どうしてそんな謎を残したのかという謎もふくめて、僕にはわからない。僕は、あいつが死んでも、こうやって平気で生きて肉とか焼いてばくばく食っててぜんぜん元気で、そういう人間と最後に話した理由は永遠にわからない。死んだ理由と僕と話した理由の両方が編み込まれたパズルとして僕のなかにずっと残るんだろうって、それだけは、わかる。