傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

隠された対立

 家にいるので暇だろうと言われる。暇ではない。ずっと、何かしている。二歳の子と遊んでいるのは文字どおり遊んでいるのだと思われている。夫が子と遊ぶのは自分が遊びたいときだから、そう思うのかもしれない。夫はそのような自身をイクメンと称する。凝った料理と酒の席のこまごまとした世話を享受しながら、来客にそう言っている。
 仕事をしていないから暇だろうと言われる。眠る時間が足りない。ほんとうは七時間は眠りたいのに五時間がいいところ、それも途切れ途切れだ。俺は睡眠不足だ、仕事で疲れきって睡眠不足だと夫が騒ぐので、夫がリラックスしているときに子が泣いたら別室に連れ出す。泣きかたが激しいときは外に出る。
 そうしろと言われた覚えはなかった。でもそうしなければならないように、子が赤ん坊んときから思っていて、たったいま、なぜと問われるまで疑問に思ったことはなかった。夫の脱いだ靴下や上着を拾って歩き、夫の捨てたごみを拾って歩き、子を追って歩き、いつもいつも追っているのに、追われている気しかしない。
 おまえはなにもできないと言われる。何かにつけて、人に笑われるぞと言われる。デブになったと言われる。いやだと思うことがないのではない。でも気晴らしに帰る実家もないし、お金もない。夫から生活費と小遣いを渡されてレシートと家計簿を提出している。この人こそ私がいなかったら困るのだからと思う。そして、笑う。
 そこまで聞いて、離婚だねとマキノが断言した。話していた昔の友人はけらけら笑った。いやあねえ、どこの家にもあることよ、受け止めるのが愛でしょう、太ったのはほんとうだし、うち程度で離婚なんかしたら誰も結婚してられないわよ。マキノはとても意地悪に笑い、そんなことはない、あなたは「良き妻かくあるべし」という魔法をかけられて精神が眠っている眠り姫なんだ、などと言う。古い友人がまた笑う。姫って、同い年のおばさんなのに、ほんとにおかしな人。
 いいなー、と私は言う。ふたりがこちらを見る。こいつらに私の反応の想像がつくはずがない、と私は思う。話していた女も、その夫を非難していた女も。非難していた女は幸福なのだ。男が横暴なら離婚だ、自立すればいいと平気で言う。それは自分がただ幸運にもそれが可能な人生を歩んできたからだ。そしてその男を疎むだけの健全さを持っているからだ。
 もちろん私も経済的にも生活の上でもいわゆる自立というやつをしている。けれども私は男が横暴なら離婚だなんて平気で言える精神を持ってない。うらやましい、と思う。思うどころではない。強烈に嫉妬する。誰って、その夫に。帰宅すればいくらでも世話を焼いてくれて何を言ってもいい相手が必ずいて、当然のようにそれを維持できることに。
 私は生まれてこのかた誰にも、全面的なケアを与えられたことがない。この二人はどこかで、おそらくは親に、与えられたのだろう。だから延々と夫の世話をし、あるいは平然と横暴な男を排除することができる。対立しているのはこの二人ではない。彼女たちは私からみれば同じ陣営にある。どこかで誰かに無制限のケアを与えられたにちがいない者たち。
 与えられなかった者は、話題の夫のような存在を見たらまず嫉妬するのだ。マキノみたいに、いやな男だ離婚だ離婚だと吐き捨てて忘れることなんかできない。私は、子どもにもすこし嫉妬するけれど、子どもはそれを与えられるのが正しいと思っているから、苦しくはならない。大人だとそうはいかない。大人のくせに、と思う。大人のくせに、たかが恋愛の相手になってたかが結婚の相手になって安い生活費と高校生なみの小遣いを渡すだけで物理的にも精神的にも四六時中、それこそ眠っているあいだまで、泣いたらあやしてもらえる赤ん坊と同じくらい、世話をしてもらえるなんて、ひどい格差だと思う。
 私には与えられない。恋愛の相手は幾人かいたし、今もいる。結婚の相手も探せばいるだろう。今の恋愛の相手との結婚も選択できるだろう。このあいだ断ったから、もう選択できないかもしれないが。生活費と小遣いを渡すくらいの稼ぎもある。
 でも、私にそれは与えられない。むしろ与えることを暗に要求される。だから妬む。話に聞いただけの古い友人の夫に激しく嫉妬する。いいなあ、なんて、軽いせりふに包んでいる自分の自制心を褒めてやりたい。私が気が狂うほど欲しいものは、たぶん永遠に与えられない。
 いいなあと私は言う。幸せな結婚してて、いいね、それに、マキノも、はっきりものが言えておもしろくって、いいじゃない。ふたりは私を見ている。こいつらには絶対にわからない、と私は思う。

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