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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

鯨骨生物群集 次女

 十五のとき、作りたての高校の制服のスカートが短いのを父親に嘲笑され、めくられたいのかと言われて、実際にめくられた。下には常時短くしたジャージをつけていた。短いスカートを履いて帰宅したら晩酌を始めた父親に呼ばれてめくられることを、私はたぶん知っていたのだと思う。私はそれを予測していた。不細工が色気づいて気持ち悪いと嘲笑しながらのスカートめくり。そういう家庭だった。父親が酒のつまみに家族全員を、とくに私を罵倒したり何か芸をさせる(「私はバカです」と鏡に向かって言わせ続ける、とか)のが当たり前みたいになっていた。
 高校は楽しかった。本に書いてあるような正しさが、おおむね正しいとされていた。誰も私を罵倒しなかったし、友だちまでできた。私はびっくりして、小説みたい、と思った。本の中、そこと似た高校。それから家。二つの異なる世界の間でぼんやりしていると、ある日父親が、給仕をしていた私の受けこたえに腹を立てて叫んだ。おまえの高校の連中は全員キチガイだ。キチガイ高校。この発言はどう考えても正気の沙汰ではない、と私は思った。おかしいのはこちら側だ。こいつらは嘘つきだ。その罵倒語は私の頭のなかでまばゆく輝いた。
 私は定期券の範囲にあった都立図書館に通って児童精神科と発達心理学と児童福祉と子どもの人権に関する本を読みあさった。高校二年に上がるころには、顔のチックも、あちこちの肌が剥がれる症状も、蕁麻疹もなおった。眉を整え、短い区間の定期券を二ヶ月買わずに歩いて通学し、浮いたお金で美容院に行った。「ブスが色気づいて」という嘲笑は父親だけでなく、薄めたかたちで母や姉からもやってきた。
 毎日毎日、心の中で宣言した。あいつらは、嘘つきだ。私はバカじゃない。私はブスじゃない。そうだとしてもあいつらにとやかく言われる筋合いはない。気は多少ちがっているけれど、それはあいつらのせいだ。異常な環境に対する正常な反応だ。こぎれいにして制服を着ていると男の子にちやほやされることもあった。それみたことか、と私は思った。こっそり口に出してもみた。あいつらは嘘つきだ。あいつらは嘘つきだ。
 進学して自活して専門職に就いて家と縁を切った。そのあいだにいくつかの「恋愛」をした。だいたい三ヶ月もするといやになって、相手が食い下がっても半年は保たせない。そもそも相手はほぼ妻子持ちだからたいていはしつこくされない。最近はしていなかったけれど、半年前、久しぶりに「恋愛」をした時期があった。
 私は手近なところでは「恋愛」をしない。ふだんの生活圏から、少なくとも都市を変え(関西にいれば容易なことだ)、名を変え、専用の財布と、ろくでもない知人から都度買う連絡先を使用する。財布にはもちろん現金と、それ用の名前でつくったポイントカードしか入れていない。そのような私に、誰かが声をかける。二十代のころはかなり年上の男が多かった。最近は相対的に年齢が近づき、数が減った。男たちは若い女が好きだ、もちろん。
 私は、いいな、と思う相手がいたら、「おつきあい」をする。男たちはひどく無防備だ。私に仕事の話をし、家庭の話をし、あまつさえ名刺を渡し、あらゆる個人情報の入った鞄を枕から遠いところに置いてぐうぐう眠る。私のことを、可愛くて聞き上手で控えめな女の子だと彼らは言う。
 私は彼らを、ある日突然きらいになる。いいなと思ってつきあったけれど、いやになる。そういうのはよくあることだ。彼は既婚者だから、法に触れるしね。そう思う。そうして、男が私、ではなく、私とはわからないどこかの女、と浮気している証拠の素材を、手早く収集する。この作業はなんなら二晩で終わる(法的に、浮気には継続性が重要であって、一度ぶんの証拠ではたいした意味をなさない)。私は男と会った日の記録もつけている。これを男の浮気の証拠とともにまとめる。継続期間は実際より長く、「証拠」はあくまで一例だと思わせるよう記述する。
 そのあとは半年ばかり、なにもしない。半年が過ぎたら「証拠」を出力する。作業はすべて手袋をしたままおこなう。そしてふたたび都市を変え、男の住所または職場またはその両方に、「証拠」入りの封筒を送付する。一連の作業を終えると私はすっきりして、そのときにしか使わない古いPCを初期化する。データを消せばいいだけで毎回フォーマットする意味はとくにないんだろうけれど、汚れは落とさないと、というような気になるのだ。トイレのブラシも洗う、みたいな。といっても私は、ヘッドの部分を使い捨てにするトイレのブラシを愛用してるんだけどね。