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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

鯨骨生物群集 三女

 ちぇりぃちゃん、卒業式はいつう?尋ねられて無愛想にこたえる。ここ三年ほど「チェリーちゃん」という、父親しか使わないあだ名が心底いやになり、ほぼ無表情で回答している。今日は土曜日、年に一度ばかりあることだけれど、部下を連れてきて私たち姉妹に酌をさせている。そういうときの父は泥酔して暴言を吐いたりはしない。ただ、ひたすら、うざい。部下とやらもまとめて全員、死ぬほど、うざい。部活を理由に留守にしようとしたら上の姉から「負荷分散を考えなさい」と叱られてやむなく同席している。
 この娘、最近あんまりかまってくれないんだよねえ。父が言うと、部下とやらがにやにや笑いながら私をじろじろ見る。こんなかーわいい子、いてくれるだけで最高じゃないすか、ねえお嬢ちゃん、お父さん大好きだよねー。高校を出てフリーターをしている長姉は最初に全員に挨拶して、あとはいちばん若い部下と話しこみ、高校二年生の次姉は台所で凝った料理を作りつづける母の補助役におさまっている。配膳には出てくるが、調理のための三角巾をうまく使い、うつむくとほとんど顔が見えないように隠している。
 女の子もう一人いるんじゃん、ちょっと座りなよお。上の姉と私の席からひとつ離れて「あぶれた」格好の男が叫ぶ。父親が笑う。いや、あれはだめ、なんていうのかな、人目にさらすのもちょっと可哀想だし、こういう席で話もできないし、気が利かなくってね、料理はできるんだけどね、そうそう、燗酒なんか、ぴたっと同じ温度でつける。
 みんないい娘さんじゃないですかあ。まあね、大変だったけど、子育ては楽しかったよ、休みになるとスキーに連れて行ったり、山に連れて行ったりさ。いちばん下の息子の受験が終わったら俺はお役御免だな。
 父のそのせりふを聞いてリアルに吐き気がした。この家の旅行というのは、父の運転する車に詰めこまれて、些細なことですぐ不機嫌になる運転手に怯えながら引っ張り回されるツアーのことだった。常日頃から、とくに酒が入ると、誰かが父の世話をして、父の気に入ることを言わなければならない。そうしないと長時間の、暴言まじりの説教が始まる。旅行ともなると酒が入っていなくても機嫌の上下の激しさがエスカレートして、おかげで私はよく吐いた。車酔いだと家族の誰もが信じていたけれど、学校の遠足で吐いたことはない。
 私が行く高校は進学校じゃないし、その先も短大がせいぜいだろうと思う。それでも長期的に見れば進学しておいたほうがいい、と次姉はぼそりと言った。次姉は弟みたいにお金をかけて教育されたのでもないのに、都立でいちばん入試が難しいたぐいの高校に通っていて(父は高校も大学も卒業したけれど、とっても入学しやすいところで、それに由来するコンプレックスがひどいので、次姉の高校受験の段階でかなり荒れていた。そのくせ口癖のように「うちは男女平等で教育費は惜しまない」というのだった)、十八で家は出るけれども、大学に入って経済的な目処が立つまでは雌伏する、という。十代で家出したって自立に失敗する確率が高いと言う。
 次姉はいいよなと私は思う。生まれつき頭がいいから高校を出たらうまいことこの家を出て行くんだろうと思う。小学生の時分から、膨張率を計算して父親の好む温度で燗酒をつけていた。父が泥酔したとき、ことのほか激しく長時間の暴言の相手になるのはたいていこの次姉で、でも、それもしかたがない部分もあるかなと思う。だってこの人、ちょっと、むかつくもん。先月なんか、滅多に怒らない母が台所で一緒に作業していた次姉に、半分泣きながら「あんたはお母さんを馬鹿にしている」とキレていた。
 次姉は高校に入って一年もすると、よく歪んだりヒクヒクしていた顔面があまり動かなくなり、態度がふてぶてしくなった。いつもびくびくして長姉の後ろに隠れていたのに、いつのまにかきょうだいの誰とも親しく話をしなくなり、自分の担当する家事を勝手に減らし、学校で勉強しているといっては遅くに帰って暗い台所で立ったまま残り物を食べ、すみやかに眠るようになった。
 もちろん父がそれを愉快に思うはずもない。母に促されて週に一度は夕食に帰るようになった次姉をつかまえて延々と説教した。このキチガイ、このドブス、定期代が欲しけりゃ土下座しろ。次姉は躊躇なくその場で土下座し泣き声で「ごめんなさい。定期代をください」と言った。母がその場をとりなし、父は不機嫌そうながらなんとなく満足したように見えた。でも私は見ていた。間を置いて慎重に顔を上げた次姉に泣いた形跡などなく、目と口の端がすーっと上がって、鬼みたいに笑っていたのを。