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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

痛みに対する適切な対処

 薬にまつわる辛い目にあった人の話を聞いて、べつの人がつぶやく。悪意やコントロールの意図があるかは別として、薬が嫌いという人はいるよね。簡単に薬を飲むなっていう。うちは、おばあちゃんがそうで、母は普通に服用するものだと思ってたから、そこでまた嫁姑なアレが発生したりしてさ、私としてはもう薬なんかどうでもよくなっちゃった。子どもって思いこみが激しいというか、妙にがまん強いところがあるのかな、私、よくおなか痛くなってたんだけど、そのうち、おなか痛いのよりお母さんとおばあちゃんがぎゃんぎゃんやりあうのがいやで、言わなくなって、ある程度大きくなると胃腸薬をお小遣いでこっそり買うようになったわ。
 けなげだねえと私はいう。そして彼女の頭を撫でてやる。彼女はえへへと笑う。でもさあ、うちのおばあちゃんくらいならまだしも、予防接種もなにも一切反対、っていうお母さんっているじゃん、あれはあれで対処に困るんだよね。うちの子の同級生で、いわゆるママ友なんだけど、本人がなんていうの、無添加とか、有機野菜とか、玄米とか、エコとかロハス、みたいな方面の人で。私は彼女のせりふのいいかげんさに笑って、マクロビオティックとかかな、と見当をつけてみる。彼女はかくかく頷いて、そうそう、マクロビ、それやってるんだって。子育て終わったらヨガのインストラクタになるんだって。
 そういうのは趣味の問題だからまあいいんじゃない、と私はこたえる。私だって体操のインストラクタの人が踊ってるDVDみながら部屋でくねくねしてるし、玄米も炊く。それも減農薬のを買ってる。マクロビオティックは理屈としては破綻してるから、「ふーん」としか思わないけど、「信じる者だけが救われる」みたいな話は公式の宗教にかぎらずそこいらじゅうにあるものだから、信じたきゃ信じればいいと思うよ。私も根拠のない信条のみっつやよっつ持ってるし。そのあたりはね、各自よしなにすりゃあいいんですよ。
 でもマキノは肉、食べるじゃん、と彼女は言う。それどころか会社では「あいつには肉と酒を与えておけ」みたいな扱いじゃん。バランスが重要であるとあなたは言いたいわけだね、と私は確認する。バランスが重要だと私は言いたいんだよ、と彼女はこたえる。私さあ、極端な人をみると、なんか、怖い。私のおばあちゃんだって予防接種くらいは認めてた。痛いものは痛いよ、子どもはさ、あんまりがまんしすぎたらいけないよ。私はそう思うよ。でもそのエコっぽい人はね、耐えさせてなんかいないっていうの、手当てをしているというの、手当てというのはほんらい手を当てて愛情と人のエネルギーによって相手を癒すものだというの。だから痛み止めは必要ないというの。
 その人は自然が好きなんだね、と私は言う。彼女は口をへの字に曲げる。自然が好きっていうと、よく聞こえるけど、私はその人、見てて怖いから、マキノに話してるんだよ。私は笑う。わかってるよ、そんなこと。その人はまちがってる。少なくとも痛みについてはまちがってる。どうしてかっていうと、強い痛みというのは、神経を過敏にして、さらに痛みを呼び、こわばりを呼び、血流を阻害し、治癒そのものを邪魔するものだからなんだよ。私は椎間板ヘルニアなんだけど、あれって超痛いわけ。超痛いのをがまんしてるとよけいに痛くなる。だからさ、そのエコっぽい人はぜったい許さないだろうけど、患部に麻酔薬をぶしゅーっと入れちゃう。
 そうすると治るの、と彼女は効く。治りがよくなる、と私はこたえる。「痛くない」という以外の作用はないと思うんだけど、それでも治りがすごくよくなる。痛みそのものが身体にダメージを与えているわけです。だいたいねえ、あんまり痛いとそれだけで死ぬんだよ、ショック死ってあるじゃん。だからね、痛いのをがまんするのはまちがっている。よかった、と彼女はこたえる。私、いまだに痛み止めのむの、おばあちゃんに悪い気がしてさ、おばあちゃん、もうとっくに死んじゃったのに。でもいいおばあちゃんでね、すごいかわいがってくれてたから。
 おばあちゃんだってまちがうことはある、と私はいう。許してあげなよ。エコっぽい人はどうしよう、と彼女は尋ねる。その子は気の毒だけど、いきすぎないように見ていてあげるのが他人ができることかなあ、と私はつぶやく。無力だけどね。それから私はその人は「自然」というものを、あまりに都合よく考えてなめてかかってると思うけどね。自然のものがいつも身体にも心にもやさしいだなんて、そんなこと、あるわけないって私は思うよ。