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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

痛みの邪悪な使いかた

痛み止めを捨てられたのだとその知人は言った。彼女の夫は彼女が毎月のように頭痛で寝こんで家事と育児の一切をしなくなり、ときに有給休暇を取得までする数時間を、どうしても許容することができないのだった。
それが平日の昼間にやってきたなら、彼女の上司は「この人は年に数回そういうことがある」と理解しているから、よほどのこと重要な問題がなければその場で許容する(二十四時間以内にリカバリできない重要な役割、たとえば彼女にだけ可能なプレゼンテーションのようなものは、それこそ年に一度二度という話だった)。彼女はそれがときどきやってくることを知っているから、ほとんどの仕事について、少なくとも二十四時間、余力があれば四十八時間、自分の多くの機能が停止しても問題なく進行するよう準備を済ませていた。あらかじめ準備したデータの簡単な送信だけで済むようにしておくのだ。
それがやってくるのが夜であったなら、彼女はただ耐える。処方されている薬を服用してできるだけ眠る。少なくとも眠ったふりをする。翌日は睡眠が足りず、痛みが強すぎて吐くこともあるけれども、それ以上の問題はないし、それは彼女にとって、当たり前に耐えられる問題にすぎない。それが休日にあっても同じことだ。
でもそのあいだ、家事と育児ができない。
結婚前にそのことを話すとのちに夫になる人は笑った。月に一度、何時間か寝込むくらい、どうということはないよ。それにそなえて仕事の環境を整えていることも立派じゃないか。たとえば僕の花粉症みたいに、うまくつきあっていけばいいことだ。彼女はとても嬉しくなった。彼女は彼と一緒になり、子をもうけた。
育児の戦争めいた期間、すなわち子がほんの幼児であったころ、彼は彼女の頭痛を、一応は許容した。多少の不機嫌はあったにせよ、ときに「そんなにしょっちゅう痛むのは精神的な甘えじゃないのか」と詰ることがあったにせよ、それはしかたのないことだ、と彼女は思った。結婚前の台詞とみんな同じであるはずがないのだ。彼女は食器洗い洗浄機を買った。彼女は全自動乾燥洗濯機を買った。彼女は保育園のほかに小さい子を預かるプロフェッショナルを、大掃除のサービスを、都合に応じて利用した。
子が小学校に入って、彼女はとてもほっとした。彼女の頭痛は同じようにやってきて、彼女は同じように寝こんだ。子はもうよくわかっているから、彼女の頭をそっと撫でてくれるのだった。彼女は微笑み、私は幸福だ、と思った。痛み止めのある抽斗を開けるとそこにはなにもなかった。
頭が痛かった。からだを起こしていたくなかった。でも腕を動かして抽斗を探った。そこに薬はなかった。ちゃんと医者にかかって処方してもらっていて、結婚後に二度引っ越しをしてからだって同じ抽斗を使っていて、場所を変えたことなんか一度もないのに。
彼女が抽斗を開けたまま動けなくなっていると、耳元でやさしい声がした。かつて彼女が恋をし、彼女を理解し、子をなし、けれどもこの数年はいろいろの気遣いをしてもなんだかいつも不機嫌で突然に家をあけることのある、男の声だった。
救急車、呼んであげようか。声がささき、彼女はこたえた。要らない。ただのいつもの頭痛だもの。タクシーで行く。子どもはどうするのと彼はささやいた。前から言ってたでしょう、僕は早朝から出張だからあともう五時間も家にいない。聞いていない、と彼女は思った。でもその証拠はどこにもないのだ、とぼんやり思った。助けてとこの人に言わなければならないのだろうなと思った。あなた、助けて、どうか私のかわりに、あの子を見ていて、私のために出張をとりやめて、私を病院に連れていって。
彼女は這って寝室に戻った。子は半ば眠っていて、それなのに彼女の頭を撫でようとするのだった。 彼女はほほえんだ。彼女は夫が風呂に入っている音を確認した。彼女は彼女の通勤鞄のひとつの、二重になった底をひらいた。頭痛薬がそこにある。ふだん使わない現金とクレジットカードも。薬を服む。頭が痛い。吐きたい。ぜんぶ吐いてしまいたい。震える手で薬と鞄のすべてを元に戻す。薬を押し出したパッケージの銀色の紙を震える爪の先ではさんで二重底のなかに追加する。子を抱きしめる。薬はまだ効かない。薬というのは五分やそこらで効くものではないのだと思う。
医者に行かなければ、と彼女は思う。今度は事前に休暇を申請して夫の感知しないあいだに、行かなければ。それに、もしかすると、きっと、ほかのどこかにも、行かなければ。夫と話のできるどこかに、私は行かなければ。