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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

おまえはきっと帰らない

 四捨五入して四十ともなると親の介護が話題にのぼる。女ばかりでかこんだテーブルの、見慣れた顔のひとつが言う。みんな、まだまだ先だって思ってるでしょう、うちの親はまだ若いから、元気だからって。むしろ子育ての戦力に数えてたりしてね。親もその気で、事実、元気なんでしょう。でもねえ、六十過ぎたらガタは来るのよ。確実に来る。人間は年をとって、とるごとに弱って、それで死ぬのよ。みんなしんとしてそれを聞き、はーっとため息をついた。
 私はその顔のなかにひとつだけ平然とした顔をみつける。そうかと私は思う。彼女は家出人なのだった。介護もなにも、生家と音信不通で、結婚もしていないから義理の親というものもいない。事情を知っているもうひとりが言う。そうはいってもいざ実の親が介護が必要な状態になって、それでも放っておくのは、けっこうきついんじゃないかな。私は、子どもにろくなことしなかった親にまで孝行しろとは思わないけど、子自身が苦しいんじゃないかと思う、いくら親に否があっても、罪悪感ってなかなか手強いし、世間もそれを煽るだろうし。そのように言われてだいじょうぶと彼女はこたえる。私にはあらかじめ、よき呪いがかかっているから。
 「おまえはきっとここを出て行って二度と帰ってこない」と、十五のころには言われていた。驚いた記憶がないので言われ馴れていたのだろうと彼女は思う。いくらなんでも十五では無理で、十八で出た。奨学金をもらって大学に行きながら生活基盤を整えて二十歳すぎには経済的な自活のめどが立ち、そのあいだは年に一度、なにかの税金のように生家を訪れていたものの、よくよく考えたらだいぶひどい目に遭っているから疎んじてかまわないのだと気づき、二十五で死んだ祖母の葬儀に出てからは生家の誰とも一度も顔を合わせていない。三十五でもうひとりの祖母が死ぬまで電話で話したこともなかった。これからも誰かが死んだら電話があるだろうから、それには出て、香典のひとつも送って、あらゆる遺産の放棄を明言しようと思っている。幸いにも生家の人間が積極的に彼女に連絡してくることはない。十年前にはそういうこともあったかもしれないなと彼女は思う。もうあまり覚えていない。年に一度ばかり、戸籍の附票で彼女の住所を特定した女親が自己憐憫のにおいのする近況報告の手紙を送ってくる。彼女はそれを燃えるごみの日に出す。
 それについての罪悪感ってないの、と彼女は話す。ずっと、当然だと思っていて、とても自然だと感じられて、正しい状態だと確信している。中学生か、なんなら小学生の子どもに「おまえはきっとここを出て行って二度と帰ってこない」と吹きこみつづけた人間の意思や感情を知りたいとも思わない。たぶんあんまりいい意思や感情じゃないんでしょう。ただ、そのせりふを言われたこと事態は、とてもいいことだと思っている。その呪文は私の人生にとってすごくいい効果を与えた。私は誰になんと言われようと自分が悪いと思ったことは一度もなかった。親に恩義を感じないというだけで人間じゃないみたいな扱いを受けることがあるよ、十年前には親戚だか何だかから脅迫みたいなことされたこともある、でもうまく隠して、親がらみの話題では適当に嘘ついて流しておけば、たいていの場合はうまくいくし、たまに罵られることがあったって私はなんとも思わない。だってそれはあらかじめ決められたことだから。親が決めたのではない、私が決めたのでもない、所与の前提として、確定済みの未来としてあったことだから。呪いの効果で、そういうふうに思う。自分が悪いと、間違っているかもしれないと、一度も感じたことがない。
 誰かが言う。私の呪いってなにかな。きっとあるよね。あるだろうねと彼女はこたえる。私たちはしばらく、それぞれにかけられているにちがいない呪いについて考える。誰かが口をひらく。私は自分の親の介護、するけどさ、それが呪いのためだったら、いやだな、私は私の感じる恩義と愛のために介護をしたいし、必要に応じてプロにお願いするし、そのためのお金も出す。呪われているから介護をするのはまちがってると思う。でも多くの介護はそのようにおこなわれているのかもしれないと思う。悪い呪いは解けばいいと彼女はこたえる。私は、呪いを味方につけたけれど、よくない呪いなら解いたらいいんだよ。真実の愛とかそういうので。そういう冒険譚、たくさんあるじゃない。