傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

だめになった女の子

 実名で登録するSNSは登録したきりでほとんど使っていなかった。けれども最近、年賀状を出しているかと尋ねられ、いいえと答えたらせめて実名SNSをやれと言われた。あれは年賀状である、と。なるほどと思った。省力化され年に何度出してもよく出さなくてもよい、年賀状。
 以前よく使用していたパスワードでログインしそれを今使用しているものに変え(私は多くのサービスで五種類のパスワードを使用し定期的にそれらを更新する)、溜まっていたリクエストのうち知人であることが確認できたアカウントを片端から承認し、次いで「友だちでは?」というレコメンドのうち知人であることが確認できたものに片端からリクエストを出していく。ほどなくそれらは承認され、私はみんながまめにSNS上で活動していることにぼんやりと感心する。うんと古い友だちからメッセージが入ったりして少し楽しかった。四人目までは。
 メッセージをくれた四人目は中学のときの同級生で、高校生くらいまでたいへん仲がよく、二十代半ばまではゆるやかにつきあいがあった。最後に会ったのは共通の友だちの結婚披露宴のときだった。少しずつ疎遠になっていた彼女は夢見がちな男の子百人のその夢を集約したような格好をしていた。もともときれいな人だったけれど、その姿を見て、きれいだと私には思われなかった。身につけたものはなにもかも高価そうで、披露宴だから取らなくちゃねと、きらきらした時計を外した。大きな石のついた婚約指輪をくれたのと同じ人からもらったのだと話した。サヤカは結婚しないのと訊くのでその予定はないと答えると、彼女はものすごく感心したそぶりを見せた。すごいねえ、ひとりで生きていくんだ、えらいね、私ぜったいできない、私がそんなだったらみじめで死んじゃう。
 思えばその数年間、遊びに呼ばれて帰るとなんとなしに気が沈んだ。断ることが増えて、それに応じて彼女からの誘いは減っていった。そうか、と私は思った。この人はずっと、私を下の者として見ていたのだ。だからあんまり気分が良くなかったのだ。こうもはっきり言われるまで気づかずにいたなんて、私はなんて鈍いんだろう。思えば大学生のころから彼女は少しずつそうなっていた。恋人がいかに自分を丁重にあつかうか、いかにお金を使ってくれる男であるかを、よく話していた。
 私はあいまいに笑って彼女の指輪を見ていた。私たちが少女だったころ、彼女は私に良くしてくれた。私があんまりぼんやりしているから、朝登校するなりそばに来て襟元やら袖口やらを直してくれて、ときどき髪を編んでくれた。私は彼女に身なりを調えてもらうのが好きだった。彼女は他人の世話を焼くのがとても上手だった。もっとしっかりしなさいと言われると私はうれしかった。いつからうれしくなくなったのか、もう思い出せなかった。いいねえと私は言った。すてきだねえ。大きいダイヤモンドだねえ。そんなのがもらえるなんて、とっても愛されてるんだねえ。彼女はとても幸福そうに笑った。私も笑った。少女だった私たちが死んでいく、その死への餞だった。
 それから会っていなかった彼女の、SNSのページに飛ぶ。私の知る姓のままだった。ボーイフレンドらしい男性の手や足といった切片が頻繁に登場する写真が大量に投稿され、あいまに芸能人の追っかけの記録が残されていた。とても若い芸能人だった。私は彼女のフルネームとその芸能人の名前を検索窓に入力した。芸能人のファンである十代の少女たちが彼女を悪しざまにののしり、彼女の私生活がいかにみじめなものであるか喧伝していた。私は目を逸してブラウザを閉じた。
 ダイヤモンドは彼女の友だちではなかった。大学生のころから彼女は、高価なものを欲していたのではなかった。それらは愛の証として機能するときにだけ彼女の関心を集めていた。インターネットで囁かれる彼女の凋落はまるで虚栄心に取り憑かれた女の末路みたいだったけれど、そうではないのだろうと私は思った。彼女の関心はただ、物ではなく誰かに、自分のすべてを肯定してくれる男の人に向けられていたと知っているからだ。愛されたいと願うのは少しも悪いことではないのに、愛されることですべてを解決しようとするとどこまでもだめになってしまう。私はSNSに戻る。息を止め、息を吐き、彼女のメッセージを読む。サヤカ久しぶり!元気??私は元気でやってます。最近彼がね、
 私はメッセージを削除する。リクエストの削除ボタンにマウスを置く。息を吸う。息を吐く。それからなにもせずにログアウトする。私はまた十年の後、彼女の消息を知ろうとするのだろうかと思う。結論は出ない。私は今日までそうだったように、彼女を忘れるだろうと思う。