傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

友だちの焼豚の話

 私たちは焼豚の披露宴のはじまりを待っていた。焼豚はやきぶたともチャーシューとも読む。中学校時代の友人のあだ名で、小学生の時分からついていたという。色彩と形状で呼び名が決まるのがいかにも子どもらしく、けれども大人になっても彼は豚と呼ばれていることを、何年かに一度会う私たちは知っていた。特定の相手にそのように呼ばれるのが好きなのだそうだ。私たちはなんだか納得した。
 披露宴のテーブルには当時の賭けごとの仲間が集められていた。中学生の賭けだから行き交う物品はたいしたものではなかったけれども、今にして思えば期末試験の点数を返却順に足し、一定のラインを超えた者を「ゴール」とする賭けはそれなりに気が利いていた。私たちはそれをダービーと呼んでいた。焼豚は動作と口調が軽快な肥満児で、英語の答案が先に返ってくるとまずまちがいなく負け馬と決まっていて、そうでなければ上位三位には必ず入る手堅い「馬」だった。
 「馬」仲間の私たちは顔を合わせるたび、慣用句のように年をとった年をとったと言う。そうして利害関係のない小集団に特有の気楽さで話す。いい会場だ、焼豚のくせに。上品だし落ち着くね、でも私はもっとこう、ぎらぎらしたところかと思ってた。ああ、派手な業界だからか、まったく焼豚のくせにねえ、でもあいつはだいぶ前にその仕事やめたんだよ、あれって何年前だっけ。五、六年前、たしか。
 扉が開き私たちは拍手する。痩せたのか痩せたように見える服を着ているのかと私は思って、手を振ったときに前者であることを確信する。老けたなあと思う。私たちは花嫁を見る。あれが、と誰かがつぶやく。そうして目を見交わしまじめな顔でうなずきあう。私たちの知らない人がスピーチをはじめる。新郎新婦は趣味の集まりで知りあい、たちまち意気投合。そのせりふが口にされた瞬間、控えめな笑い声がさざなみのように会場に満ちて私たちはおどろく。そっと視界を動かすとみんながくすくす笑っている。新郎新婦の親族たちまでもが。
 私たちは顔を見合わせる。フルートグラスを手に私たちはほほえみあう。焼豚はさるフェテッシュなバーで出会って三十分後に自分を踏みつけてくれた女の子と結婚する。ここにいる大人たちはみんなそのことを知っている。スピーチ中のゲストは澄まして会場を見渡している(そう、スピーチにはひとつの嘘もふくまれていないのだ)。焼豚は非常にオープンだ。それに不要な罪悪感を持たないよういつも心がけている。私たちはそのことを知っているけれど、こんなにも多くの人たちがその対象になっているとは思わなかった。
 みんなが楽しそうに笑っている。それがほとんど奇跡のようなことだと私たちは知っている。私たちは私たちにはどうしようもないなにかを抱えて生きていて、ときにそれを嘲笑われ、唾を吐かれる。私は右隣を見る。彼女の娘は目が見えない。私は斜め前を見る。彼は経済的な理由で中学を出てすぐに自衛官になった。なんの事情もなくても、ただ年齢や性別や出身地や、そんなもので「石を投げる」人間だってこの世にはいる。でも今ここに石はない。どのような石もない。私は乾杯しながら、なんだかちょっと泣きそうになる。
 仕事を辞めて大学院に行くと決めたので彼女と別れようと思ってそう言ったんだ、結婚なんかとんでもない、今ならまだほかの人とできるだろうからって。そしたら叱られてねえ。愚かなのは知っていたけれどそこまでどうしようもない考えかたをするのかって。豚はおとなしくぶひぶひ言ってろって。そしてそのあと僕は、それはそれはひどい目に遭ったんだ。何年か前に焼豚はそう話した。うれしそうだった。
 焼豚が学位を取り職を得てようやく式を挙げる気になったので、私たちはここにいるのだった。よりによって海外で学んだので、あんなに英語が嫌いだったのにと言うと、苦しいの好きだから平気、と焼豚はこたえた。向こうの奨学金が出るって話になったとき、彼女に「行かなければ別れる」と脅されたんだ。そこまで苦しいのはさすがに好きじゃない。
 私は花嫁を見る。花婿を見る。フロアに視線を流す。みんな機嫌がいい。誰にも石を投げず誰にも石を投げられていない。もちろん、それは特別なことだ。私たちはまたいつか、ほんとうは悪くないことで石を投げられるだろう。不見識のために石を投げることもあるかもしれない。けれどもそのときには今日のことを思い出そうと私は思う。あらゆる石のない場面をつくることだって、私たちには可能なのだと。

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