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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

箸三膳分の愛

 夜中まで作業が続きそうなのでオフィスグリコにコインを落としてカップ麺を手に入れる。その場でばりばりパッケージを破いて、据え置きのポットからお湯を注ぐ。ジャンクフードのにおいをくんくんとかぐ。にんまりと笑う。それから気づく。割り箸がない。コンビニエンスストアで買えば箸をくれるけれど、オフィス内で買うとない、みたいだ。知らなかった。近くの席の社員と目が合う。相手の視線が自分の顔から夜食にスライドする。お、からだに悪そうなもん食ってますねえ。まだ食べてませんよう、箸がなくって、だから、どうしようかなーって。その会話の途中から机の抽斗をあける音がいくつも派手に響き渡って少し驚く。顔見知りの三人がそれぞれの席から割り箸を差し出している。みんなで顔を見合わせて笑う。
 というわけで私は無事にカップ麺を食べることができて、割り箸のストックまでできて、みんなに愛されてるなーって思ったの。だっていやなやつがカップ麺たべられなくて困ってたら放っておくでしょう。彼女はにこにこ笑ってそのように話を結んだ。私も笑った。よかったなあと思った。ほんとうによかった。
 彼女はかつて割り箸程度の愛になんか気づかなかった。そういう小さくて地味なものを拾って歩くような体力は彼女にはなかった。からだに悪そうなものを夜中に食べることもなかった。彼女は常に健康に気を遣い体力をやしない注意深く自分を制御しながら歩いていた。彼女にとって世界は薄暗いとげだらけの森で、彼女の視力は低く、あてにならない杖で前方を払いながら歩かなければならないものだった。私たちが掛け値なしに若かったころ、彼女はそのような人だった。
 けれども彼女は弱々しい無害な人なんかじゃなかった。彼女はたしかに手負いで、けれども獰猛だった。敵とみるや牙を剥き相手が怯めば後足で砂をかけて逃げるような人だった。ほとんどいつも全身の神経をぴんと立てて周囲を走査していた。彼女の前にやってくるものはまず彼女を害するものと仮定された。彼女は世界を憎んでいた。憎むものに潰されたら腹立たしくてかなわないからこんなにも生き汚いのだと、そう言っていた。彼女は人生の早い時期から勝ったの負けたのというせりふがよく聞こえる競争の激しい環境にあって、でもそれだけでは説明がつかない焦燥の気配を感じさせた。彼女は勝ちたいと思っていたのではなかった。生き延びたいと思っていたのだ。
 そんなだから、彼女は愛にはあまり気づかなかった。小さい愛、弱い愛、部分的な愛は「なんだか不審な親切」として処理された。男の子たちの好意はたいていの場合、愚かしい妄想、自分を見くびったゲーム、装飾された暇つぶしといった解釈を与えられて退けられた。私はときどき彼女からそのような話を聞いた。少しかなしかった。巨大な穴に小さいものを落としても効果なんか見えないけれど、だからといって何も入れなければ穴はいつまでも穴のままだ。
 そのような日々を経て、ある日突然、彼女の巨大な空洞にふさわしい巨大な恋が彼女を訪れた。たがいの心臓を取りだして差し出すようなやつだ。このような愛が人を救うのかしらと私は思って彼女とその恋の相手を見ていた。しかしそれは破綻した。三年が経っていた。考えてみればあたりまえだよなあと私は思った。彼の心臓は彼の心臓、彼女の心臓は彼女の心臓だ。取り出して差し出したって相手のからだに埋めて使えるわけじゃない。だいいち彼女のそれには穴があいていて、交換したって穴は穴のままぽっかりとそこに空いているのだ。私は彼女が荒れ狂い、以前よりさらに強くこの世を呪うと予測した。
 けれども私にとっては不可解なことに、恋の破綻のあと彼女はとても健康になった。部屋に遊びにいくとあきらかに掃除のしかたがいいかげんになっており、削いだようだったからだに少しばかり贅肉をつけ、まあいいじゃんとかどうにかなるよとか、そういうせりふを言うようになった。何があなたをそのようにしたのと私は尋ねた。恋ですか、それともその消失?両方かなあと彼女は言って気の抜けた笑いを笑った。わたし大人になったんだあ。若かったころにはしなかった子どもっぽい口調で彼女はそう言った。
 そのようにして彼女は割り箸的な愛をも受け取ることのできる人物になった。彼女の安定と彼女の健康を私は祝福する。割り箸をくれる彼女の同僚たちにも感謝する。けれども私は、あの脆弱で獰猛で世界を激しく憎んでいたころの彼女を、少しなつかしく思う。あの子はきれいだったと思う。箸三膳分の愛なんか歯牙にもかけなかった、みじめな女の子のことを。

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