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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

あなたの百の繰りかえし

 マキノって電話かけるとだいたい出るよね、暇なの。うん暇なの、それで本日はどのような話題で私の暇をつぶしてくださるのかしら。待て、その言かただと気の毒な暇人のマキノが王さまで俺がお抱えピエロみたいな感じするからやめろ。
 新しい彼女の話かな。そう新しい彼女の話、つきあってみたら、めんどくさかった、愛を確認しちゃう系。彼女、若いもんねえ、若い人って半分くらいは情緒不安定じゃん、外見はつるんとしてても、一皮むくとどろどろだったりする、あれってなんだろうね、ホルモンバランスとかかな、あと成育過程で積み残した課題が利子つけて戻ってくるのがおおむね二十代半ばだからという気もする、まあとにかく、税金だと思いなよ、若い彼女税。税金かあ。若くってかわいくってあなたにぞっこんなんだから高い税金じゃないよ、おじさんに訪れた最後のチャンスかもよ、がんばれ。他人事だなあ。他人事以外のなにものでもないよ。
 何度いってもわかんないのが疲れるんだよねえ、俺わりと好きとか平気で言うほうなんだけど、俺にも生活とか仕事とかあるわけで、そこで自分の優先順位がいちばん上じゃなかったら好きじゃないのかって訊かれても、困る、俺の生活は俺のもので、それを彼女が自分の思うとおりにしようなんて越境行為じゃないか、仕事優先したら好きじゃないとか、そういう問題じゃないだろ。そういう問題じゃないねえ。だろ。あなたに問題があるね。なんでだ、なぜ今の展開でそうなる。
 何度いったらわかるってせりふ、私、嫌い、何度も言えばわかるはず、そして自分の期待しているみたいに変化するはず、ってことでしょ、傲岸もいいところだよ、仕事で必要なことができないなら警告何回でだめなら配置換えとかすればいいんで、私的な生活なら、言ってる側が考えろって思う、想像力が足りないんじゃないかって思う、二度言うなら二度、三度言うなら三度、百回言うなら百回の意味がそこにはあって、だから言うんだって、どうして思わないんだろう。
 百回の意味ねえ。そう百回の意味、百回繰りかえすようななにかがそこにあるということ、読み取るべきは繰りかえされているせりふそのものじゃない、そこに込められた感情とそれを生じさせた機序であるということ。へえ、じゃあマキノはたとえば友だちが何十回も同じ話をして、「でも、でも、だって」って言い張っても、平気で話を聞くの。聞くよ、その人がでもでも言う理由を探しながら聞く、でもでものメカニズムを私は探る、それによっては百回だって二百回だって、なんなら私が死ぬまで「でもでも」言わせてあげるよ、だいじな友だちなら。
 苛々しない?しない、苛々するのは自分の言うことに納得して態度を改めるべきだと思ってるからでしょう、話を聞かせるコストを自分に支払わせたんだから自分の発言にしたがって変容しろって、そう思ってるからでしょう、私はそう思わない、私が話を聞くのは、私がその人になんらかの愛情を持っていて話を聞くことそのものが目的になるときだけ、だから、相手に変われと思うことはない、なんか言われただけで人が変わると思えない、変わることもあるけど、それはその人がきっかけを待っていて、自発的に変わったんだと思う。
 じゃあマキノが俺なら延々と「私のこと好きじゃないんだ」って言う彼女を延々と否定してあげるわけ。私はそういう恋愛はしたことないから、わかんないけど、友だちであっても、ふつうに好きって言い続けるし、なんで何回も言うのかなーって考えるよ、本人にも訊いちゃう、それで一緒に考える、だって不安って、なんか言われたからすぱんと消えるようなものじゃない、不安は、よく見て理解してたくさん撫でてはじめて手なづける可能性が出てくるもので、命令なんか聞きやしないもの。
 じゃあマキノとしては、問題は俺がそれをしていないことだと思うわけだ。いや、それがしたくないなら、ぜんぜんかまわない、そういう発言はうざいって彼女に言えばいい、もし、してもいいかなって思うなら、してあげたらいい。じゃあなにが問題なわけ。内心で自分の思うとおりに変わらない彼女を非難しながら一緒にいるのが問題だと私は思う、あのね、自分のことは自分のこと、彼女のことは彼女のことでしょう、話を聞いてると、あなたも彼女に負けないくらい相手への越境行為をはたらいていると私は思うよ、恋愛にはある程度、そういうのって必要なのかもしれないけど、少なくとも自分は彼女とちがって冷静な大人です、みたいな勘違いだけは、しないほうがいいよ。