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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

かぐや姫は帰らない

 それでどうするのと、結果をほとんどわかっていながら訊く。彼女はあははと笑う。少しも悩んでなんかいなくて、どちらかというとちょっと苛ついている、そういう気配のはりついた、笑い。私はそのこだまとしてあんまり意味のない笑いを笑い、その残響が消えるまで、半開きの口で待つ。私はそういうばかな犬みたいな役割がすごくよく似合うし、そのことをけっこう誇りに思っている。重要ではなく、危険ではなく、半ば空洞のような、よくはずむ会話のための少し気の利いた壁みたいなもの。そういう役回りが必要な場面はけっこうあって、誰も自分がやりたいとは思わないんだろうけれど、やっている側の私にしてみればかなりお得で、やたらと人の話が聞ける。私は人の話を聞くのが好きだ。
 メールの返信しないんだから悟ってくれないかなあと彼女は言う。今度の人は何がいけなかったのと私は尋ねる。それを受けて彼女は、何度か食事をした相手がいかに唐突な意思表示をおこなったか、いかに急いで彼女の好意を得たがったか、いかに気の利かないメールを繰りかえし送ってきたかを語る。自分の感情しか見えてないんだものと彼女はやわらかな声を出す。まるでいいことを語っているみたいな声だと私は思う。甘い声、やさしい声、しあわせなことを話すみたいな声。ねえマキノ、そんなのはだめでしょう、私のことちょっとでも見てたらそんなに押しまくるわけないじゃない、それでうまくいくわけないってわかるでしょ、でもぐいぐい来るわけよ、時間をかけず、とにかくストレートに押す、つまりそうすれば落ちるって思ってる、なんて都合の良い考えを持っているんでしょうねえ、相手を喜ばせることもせずに好き好き言ってればどうにかなると考えるだなんて。
 私はうなずく。そうだねと言う。そうだね、その人はつきあう価値はないね。でもあなた、同じくらいあなたのこと見えてない人だって、ちょっとした暇つぶしなら許してあげるじゃない、私の目にはあなたがときどきつくる彼氏っぽいもののなかにも同じくらいだめな人、あなたについて理解していない人が含まれていて、でもあなたはそういう人にはわりと甘いっていうか、まあすぐ飽きちゃうんだけど、でも、今回みたいに、最初から切って捨てて断罪するってことはないよ、ねえ、それはどうして。
 彼女は一秒停止する。眉を上げる。視線をくるりと回す。私を見る。私はばかな犬みたいな顔をしている。彼女はほほえむ。私もほほえむ。それはねえと彼女は言う。それは相手が真剣だから、私にも真剣な気持ちや関係性を求めているから、だからまじめに考えるんですよ。そうすると相手のアラがもろに見えるでしょう、いいかげんな遊び相手とちがって。いいかげんな相手に、私は、やさしいんじゃない、いいかげんな相手は、自動販売機みたいなもんよ、暇つぶし、気分転換、そういう機能を果たせばいいだけだから、ほかのところは、見ないの、百五十円入れたらペットボトルが出てくるだけのものにペットボトル以外の何を期待するというの、そして百五十円以上の何を与えるというの、人としての欠点だとか私のことをどう見ているかだとか、そういうのは、関係のない間柄でしょう、だから彼らは、辛口の採点をされないの。
 ねえ、と私は言う。もしかしてあなたは、真剣な相手なんか誰もほしくないんじゃないかな、来る相手がどうであっても無理難題をふっかけて不合格にしてしまうんじゃないかな、あなたは、ほんとうは、誰かと真剣につきあいたくなんかなくって、だから相手もいいかげんなほうが都合がよくて、飽きて切ったら自分が悪者みたいに見えるまじめな相手ではいけなくて、というのも、あなたは、最初から、どんな相手にも執着がないから、誰が相手だってほんとうは必要なくって、長続きしないってわかってるから、
 彼女は人差し指で私の額をつつく。爪が長いからちょっと痛い。私はえへへと笑う。そうしてせりふのつづきを飲みこむ。それは明言しちゃいけないことなのかもしれないなと思う。昔むかし、男と添いたくない女は月に帰るよりなかった。今は、帰らなくても済むけれど、堂々とそうすることはまだむつかしいのかもしれなかった。誰かと一緒にいることを望んでいる、けれどもたまたま相手に恵まれないんですよ。そういうポーズくらいは保持しておく必要があるみたいだった。それが自分の意志じゃないみたいに偽装しておけば、ひとりでいて月に帰らなくっても、石を投げられずに暮らしていかれるのかもしれなかった。