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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

機嫌のいい犬のための技術

 お母さんと赤ちゃん、女の子、私。飛行機の席はそのように配置されていた。もちろん知らない家族だ。赤ちゃんはふんふんというような小さい声を出して、お母さんもひそひそ声でこたえている。女の子は幼稚園児といったところか、なんだか思いつめたような顔で、びしっと座っている。飛行機が怖いのかもしれない。わかるよと私は思う。私だって飛行機に慣れるまでは、わくわくしながらちょっと怖かった。もう大人だったけれども。
 どうもすみませんとお母さんは言った。何もすまないことはされていないので、お邪魔しますねーとこたえて座った。女の子はやっぱり背筋を伸ばして、膝の上の絵本は閉じたまま、まっすぐ前を見ている。こんな大きい機械が自分を乗せて飛ぶなんてほんとうに意味がわからないし、そりゃ緊張するよねえ、と私は思う。けれども私はもうすれっからしの大人なので、彼女の気持ちをほんとうにはわからないんだろうなと思う。思いながら快適なフライトのための各種小道具を取りだし、座席の前のポケットやブランケットをかけた膝の上に配置する。
 飛行機が離陸に向かって速度を上げる。赤ちゃんが泣く。どうもすみませんとお母さんが、私と反対側の人の双方に言う。離陸する。赤ちゃんはもっと大きい声で泣く。女の子はびしっとしている。お母さんと赤ちゃんには視線を向けない。もしかするとお母さんがいっぱい謝っているのがいやなのかもしれないと思う。だってお母さんは悪いことしてないんだから、女の子がそれを理不尽に感じたっておかしくないと思う。またお母さんが頭を下げる。
 赤ちゃんが泣くのは当然だと思う。こんなに大きい音がして気圧も変わって閉じこめられて動けないで、理由もわからないのだったら、私だって泣くと思う。お母さんがあんまりすみませんすみませんと言うので私はこたえる。赤ちゃんは泣くものです。口にしてから、たとえ子どもは泣くものだと自分でも確信していたってこの人は頭を下げつづけるんだろうなと思う。世の中には、泣いている子の親が頭を下げっぱなしにしていないとものすごく怒る人がいるから、安全のために自分が悪い悪いと言って回ることが必要なのだろうと思う。だから悪くもない相手から謝られる違和感は右から左に流すのがいいんだろうと思う。私はいくらか質問をする。赤ちゃんかわいいですねえ、ほうほう、もうすぐ八ヶ月、差し支えなければお名前は、ももちゃん、へえ、お姉さんがあかねちゃんで妹さんがももちゃんですか、絵本と順番が逆なんですね、ええ、いい本ですよね、私も好きで。
 では寝ますと私は宣言する。お母さんがなおすみませんと言うので耳栓を見せる。私は出張の際、アイマスクと耳栓を欠かしません、ですからなんの問題もありません、それに私の隣は小さいあかねちゃん、姿勢の悪い大人の肘で始終わき腹をつつかれる心配もないのです。お母さんは笑っていたけれども私は隣に座った人の大きく広げた肘や膝が自分のシートに侵入してくるのがほんとうに嫌いなのだ。口汚い罵倒の文句が瞬時に大量に浮かぶ。口に出したらどんなにかすっきりするだろうと思う。そんなだから、超満員でない電車なら席を立ってそこから逃れる。でも飛行機ではどうしようもない。だから今日はむしろラッキィだと思う。
 私は眠る。耳栓の向こうからももちゃんの泣き声が聞こえる。ももちゃんが泣いているねえ、と思う。また眠る。私は、相手が自分のいらだちを呼びそうな要因を持っていて、それから邪悪でないのだったら、少し話をすることにしている。できれば名前を聞く。自分のためにそうする。なぜって、疲れていて眠くて飛行機に乗っているときに知らない赤ちゃんの泣き声が聞こえたらうんざりするけれども、知っている子どもならそんなにいやな気持ちにならないからだ。耳栓みたいな自衛策だってあるのだから、まったくたいした問題ではない。わき腹をつつく人にも同じ手段が使えたらいいんだけれども、そんなのはつつくやつが悪いんだと思うので、話なんかぜったいしたくない。だから使うことができない。
 晴れた日に散歩している機嫌のいい犬みたいに暮らしたいと思う。ものごとをあんまり気にしないでへらへら笑っていたいと思う。悩みがなさそうだねと言われるとうれしい。もちろんいつも上機嫌ではいられない。でもちょっと工夫すれば犬の時間は増える。小さいももちゃんのこれからの人生のことを考える。小さいあかねちゃんのどこかさみしい凜々しさはどんなふうに形成されたのか考える。お母さんがあんまり謝らずに移動する方法はないものかと考える。私はまた眠る。