傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

花火のあとで

 おねえちゃん、今日はなにができるの。家主が訊くとその日のシェフである彼女はひどく気前の良い笑顔で、なんでも、と言った。なあんでもできるよ。わあ、どうしよう、と家主は言って、うれしそうに笑った。私と同い年なのに、七つの子どもの母親なのに、その口調にあんまり邪気がないので、私は何だかどぎまぎした。
 窓の外の花火が消えて、ホームパーティーの終わりに近づいたころ、隣に彼女がやってくる。私は料理のお礼を言い、とても美味しかったことを話して、それから、あのう、さっきの、と訊く。彼女は上機嫌でなあにと問う。この人がそこいらにいたらぜったい道とか訊いちゃうなと私は思う。さっきのせりふ、すてきですね、ほら、「なんでもできるよ」っていうやつ。ああ、あれは、と彼女は言う。もとは私たちの母のせりふなんです。父は帰宅するとしばしば台所を覗いて、今日はなにができるんだいと訊きました。すると母は言いました。なんでもできるわ、楽しみにしてらっしゃい、って。
 何でもできるはずがないんですと彼女は言う。あるものしか作れません。そんなの当たり前のことです。でもね、なんでも美味しく食べてくれる人がいたら、そのせりふは嘘じゃないんです。私たちが「何でもできる」のは、ただ周囲が私たちをそのように扱ってくれるときなんです。私は愚かで、それが特別なことだと、結婚するまで知らずにいました。
 彼女は自分を自信家だと思ったことがなかった。安定していると思ったこともなかった。それが自然だったから、意識する必要はなかった。そうだったんだなと彼女は思った。家の外に出てもよいか出てはいけないか判断することができず、しばらく立ったままでいて、それから唐突に、そう思った。ドアを開けるか否かの判断ができないなんて、以前とずいぶんちがうのではないか。
 外に出てもよい条件は明瞭に示されている。条件を満たさない場合はみだりに外に出るべきではない。家の中が彼女の職場であり、業務上の必要性がなければ当然、外出することはない。区役所。銀行。生協の宅配では扱わず、計画的に他の外出と組み合わせることができなかった、緊急を要する買い物。バターはこれに当たらないと、彼女はようよう判断する。現在バターが必要であるにもかかわらずここにないのは宅配の注文に入れ忘れたことが原因で、それは自分が責任を取るべきミスで、外出の正当な理由ではない。そこまで考えて、それから思った。以前の自分と違う。
 視界が白っぽくなる。夢を見ている、と彼女は思う。手の中の「緊急の買い物用」の千円札を見る。千円札が崩れていれば当然、どのような理由で何を買ったか領収書つきで説明する必要がある(当然だ、それは経費なのだから)。携帯電話は夫からの受信専用で、アドレス帳はないし、電話以外の機能はないし、かけた番号はすべて夫によって管理される(当然だ、彼の名義の電話なのだから)。
 夢を見ている、と彼女は思う。シューズクローゼットを開く。夫が彼女に買い与えた美しい靴をかきわける。だめだ、と思う。こんなのではだめだ。それからその奥に非常持ち出し袋を見つける。彼女はそこから、独身時代に買った古いスニーカを取り出す。手が震えた。靴紐の結び目はひどく堅かった。もうすぐ日が暮れてしまうと思った。長く長く引き延ばされた数分間のあと、彼女は外に出た。季節は夏で、景色は白く光り、彼女は遠く離れたところから、彼女自身が走るのを見ていた。
 どうやって実家に戻ったのか、彼女はほとんど覚えていない。というよりも、離婚に至るまでの記憶がほとんどない。けれども明瞭に覚えている一幕がある。食事を作ろうとして、家族の前でおろおろとメニューを口にし、上目遣いで許可を得ようとしている。両親と妹はしんとして、それから妹が泣く。泣いて訴える。なんでそんなこと訊くの。おねえちゃん、何でも作れるよ、ぜんぶ美味しいよ。だから言ってよ、何でもできるって言ってよ。
 私は息をのんで話を聞いていたので、彼女が口をつぐむと、空調の音が急に大きく聞こえる。私はため息をついて、すごい、と言う。すごい回復力です。そこまで判断力を奪われた後なのに、今、ぜんぜん、ばっちり、なんでもできちゃう人にしか見えないです。なにか、回復のこつとかあるんですか。だってもう十年も前のことですからねえと彼女はのんきに笑う。再就職して亭主取り替えたら、きれいさっぱり治っちゃって、もうあんまり覚えてないくらいなんですよ。私は彼女をながめまわして、基礎体力、と思う。愛情に関して育ちの良い人は、基礎体力がちがう。

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