傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

そして戦争は続く

 こんばんは。はいこんばんは。その後いかがですか、おげんきですか。つつがなくやっておりますよ、ところで、もうかけてこないんじゃなかったの。まあそう言わずに、実は新しい仕事が決まったんだ、それでみんなにかけてる。あらまあそれはおめでとう、よかったねえ。ありがとう、まあ悪くない、今の俺にしては悪くない、前のところほどじゃないし、三人に一人は辞めるし、だけど三年残ればまあ勝ち組だよ。
 おめでたいところ申し訳ないんだけどさあ、私は勝ち組とか負け組とかそういうの興味ないんだよ、今日は私のかわいい金曜日の夜で、せっかく友だちと美味しいごはん食べて上等のお酒をのんでいい気分で帰ってきたところなんだからそういう下賎な語彙を持ちこまないでほしいよ、誰かが自分の望む仕事をしているから幸福だというなら私は喜ぶ、でも勝ち組だからどうこうっていう話なら三年後にさっきの「おめでとう」は一グラムの残りもなく回収する。
 勝ち組であることが俺の幸福であってなぜいけない。いけない、他者の基準で幸福を決めてはいけない、それは幸福ではない。他になんかあんの。ある、というか、他のものしかない、快不快とか好悪の情とかたましいの求めるところとか。たましいって、なんだそれは、だいじょうぶかマキノ、宗教とかやってんのか、どう見たって日常語じゃないだろうそれは。
 宗教やって悪いとは思わないけどやってない、たましいというのはたとえば、自分が持って生まれた気質だとか自分の内面の自分でもキャッチしていないところだとか身体のさまざまに感じるところだとか、そういうのだよ。それもあんまり日常語じゃねえなあ。日常のほかのなんだというのさ、そのようなものにしたがって選ばれた諸々が幸福と形容される、あ、でも、あなたにはわからないか、たましいと向きあい世界と自分のあいだに境界線を引くという思春期ないし青年期の重要な仕事をあなたは放りだしたまま大人になってしまったのだし。
 なんだよそれ。だってね、私たちはかつて大学生だったじゃないですか。おう。十八歳から二十二歳だなんて、生きてるだけで病気みたいなもんで、みんなすごいみっともなくって、けったいな格好したり、引きこもったり、人を好きになっておろおろ歩いたり、死について考えてたら半年経過しちゃったり、将来に悩んだあげく義勇兵になってスペイン戦争に行くとか言ってた、いろんな人が、でもあなたはそうじゃなかった、いつもしれっとしてて、たとえば好きになった人にみっともなく愛を乞うのではなくて必死にならなくてもつきあえる相手を選ぶような人だった、だから幸福とは勝ち組であることだなんて言えるんだ。
 好悪ってつまり上下じゃないか、上のものを好きって言うんじゃないか。きみはほんとに救いようのないばかだね、好悪の情はもっと融通無碍なものだよ、じいさんになって死ぬまで意識高い文章をコピペして泣けるいい話をリツイートしてライフハックをシェアしなよ、それでいいねボタンをいっぱい押してもらいなよ、自分のたましいと対話するためのストラグルを鼻で笑ってごみ箱に投げたやつにはお似合いだよ、泥くさくないし格好良いしみんながそれをいいと言うよ、だからそうしていたらいいんだよ。
 そんなことはしない、けれども、もしも好悪の情がそんなにも融通無碍なら、どうしたらそれが手に入る。好悪の好のほうかしら、そんなのなんにもしなくたって手に入るしなにしたって手に入らない、それはなにかに対する報酬ではない、それは条件と交換のゲームではない、そこに流通する通貨はない、私はただ自分のたましいにしたがって好きな人たちをよしよししてその一部を抱きしめるなどして生きていて、そんなの当たり前のことだと思う、世界にはよしよしとハグがあふれている、あなたは知らないかもしれないけど。
 知らない、そんなのは嘘だと思う、マキノの救いがたい妄想だと思う、ほんとうはマキノによしよしされて喜ぶやつなんかどこにもいないんだと思う、マキノは自分の幼稚な欲求を他人に転写してその無意味さから目を逸らすのに必死なんだと思う。うん、そうこなくっちゃね、私たちは世界観をたたかわせる戦争をしているんだものね。窓の外から爆弾の音がする、マキノが落としたのじゃなくって、そんなちゃちなのじゃなくって、もっと大きいやつ。そうかい、では防空壕に駆けこんでがたがた震えて眠るといい、でなければ銃を分解して磨いて敵がそばに来るのを待つといい。俺は銃を磨く側だよ、いつでも。ふうん、私は防空壕でがたがた震えてる人が好きだな、銃なんて実際ろくなものじゃないし、防空壕はとてもだいじなものだと思う、では、おやすみ。うん、おやすみ。

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