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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

感情教育とその小さな爪痕

 先輩がいかにも集中力が切れたそぶりでカップを持って漠然と立っているので、コーヒー冷めますよと言うと、俺もうパワポはいい、やつには飽きた、と唐突に宣言する。私も飽きたいですと小さい声で告げると、おうおう飽きろ飽きろと言う。私は立ちあがって抗議する。飽きられるわけないじゃん、はじめてやる仕事だし私にはどう考えても過大っていうか、プレッシャで死にそうだしまじで逃げたいです。まあまあ、もう帰ろうやと先輩は言い、私はうなずく。駅まで歩きながら私はぼそぼそと愚痴をこぼし、先輩はしばらくそれをうんうんと聞いて、サンドイッチのチェーンで夜食を買ってくれて、それから、大変やねえ、と言った。今の、と私は言う。突然関西弁だったの、なんでですか。彼はちょっと目を大きくして、それからうつむいてちいさく笑い、ああこれはね、大学生のときの彼女、と言った。
 大変やねえと彼女は言った。彼はぎこちなくうなずき、周囲を見わたして、それから席を立った。戻ると彼女は可笑しそうに、落ち着きがないなあ、と言った。そろそろデートというものに慣れてもいいころじゃないの。彼らはともに十九歳で、それまで恋人をつくったことがなく、だから親密な関係についての理想をそのまま実行しようとするような、きまじめなところがあった。彼らは注意深くたがいを見ていた。だから彼は神戸出身の彼女が地元のことばをあまり使わないこと、けれどもときどき、短いせりふであらわれることを知っていた。それはおおむねふたりきりのときだったから、きっと気を許して自然にくつろいでいるのが原因だと彼は思っていて、だからそれを聞くと、いつもうれしかった。
 けれどもそのときは、うれしいよりも狼狽していた。狼狽しながら、そうして会話を継続しながら、いま自分がどうしてうろたえているのかについて考えるような、客観性に対するいささか過剰な指向が彼にはあり、だからやがて結論にたどりついた。単純な話だ、と彼は思った。僕は誰にもそんなふうに言ってもらったことがなかった、だからびっくりしてどうしていいかわからなくなってるんだ。
 ねぎらいやなぐさめや慰撫の語彙が、彼にはなかった。賞賛や激励なんかはあった。でもそれらはずいぶんとかけはなれたものだ。彼が何かを成しとげ、あるいは失敗したときにかけられることばは、いつも後者に属していた。彼はそのような家庭に育ち、そのような校風の中高一貫の学校に進学した。十二歳から十八歳の少年ばかりの環境で、彼はなかなか心たのしく過ごしたけれども、少年たちのてのひらは彼の背中を強くたたくもので、そっと差しだされるものではなかった。彼自身のてのひらも。
 彼女はそのあともしばしばその種の語彙を口にした。人をいたわることがとても上手な女の子だった。彼は少しずつそれを習得した。彼はそれを上手く使えるようになりたかった。彼女だってそれをされる側にもなりたいにちがいないと思ったからだ。そのような話を彼女にしたことは一度もなかったけれど、彼女はちゃんと気づいて、ありがとうと彼に言った。そのようなしかたで、彼らは恋をしていた。
 十年もするととうに彼は彼女と別れていた。大変やねえ。別の誰かを前にそう口にして彼は、内心でだけ、ひどく狼狽した。彼女と一緒にいたころの彼は、彼のふだんの口調で、それを言っていたはずだ。いつのまにこんなふうに、そっくりな話しかたで、出てくるようになったのか。彼は驚き、けれどもあからさまにうろたえるような愛らしさはもうなかったから、相手は気づかなかった。そのようなしかたが、彼にはすでに身についていた。
 いい話ですねえというせりふの、最後の「え」をぐーっと伸ばして感動の意を伝えると、いいだろ、といばって、彼はコーヒーをのむ。もうね、自覚してからも十年とか経つんだけど、今は平気で使ってるね、だってなんだか、いいもんみたいな気がしてさ。なんで別れちゃったんですかと問うと彼はにやりと笑って、人間にはいろいろな側面がある、とわけのわからない説明をした。彼女なんていう名前だったんですか。彼はなんの照れもなく、なおちゃん、と即答する。小さいなおちゃんが、先輩のなかに入っているんですね。そう言うと彼はちがうなあとこたえる。とけちゃって区別つかない、と言う。それから「小さいサヤカが入っている」と言った昔の恋人がいるにちがいない、と指摘し、狼狽している私をたのしそうに見ていた。