傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

捕まえられない泥棒

 待ち合わせの相手が遅れるという連絡を受けたのでコーヒーをのんで待つことにした。仕事帰りの約束にはまま起きることだ。みんなも私もそれぞれの業務を完全にコントロールすることはできないと知っているから、あんまり気にしない。私にかぎっていえば、人を待つということ自体が、実はそんなにいやではない。相手が永遠にあらわれないのではないかという疑いがうっすらと身体に満ちていく、あのやわらかな心許なさ。今夜だれかに会えなかったとしても、そんなのはたいした問題ではない。それなのに来なかったらどうしようと、どうしてか私は思う。そういうのが嫌いではない。
 ターミナル駅の前の大きな交差点の向こうのビルディングのなかに入ったチェーン展開のカフェの、ガラス張りの窓際に座る。本をひらく。男が紙でできた女−−人形ではなく、ちゃんと生きている−−に恋をし、女に触れ、紙の端で無数の切り傷をつくる。女に悪意があるのではない。ただ女は紙でできていて、だからどうしようもなく、男の指には傷がつくのだった。
 それでね、家が遠すぎてやってられないと思って、引っ越したのよね。うん、乗り換えなしで十五分。よく通る大きい声の人が隣に座り、そのことばがくっきりとしたかたちを保ったまま耳の中に入ってくるので、私は読書をあきらめることにした。物語のなかの紙の女の指先は捩られた紙で、私はそのようすをぼんやりと想起しながら、隣の女性たちの話をなんとなし聞いていた。女性たちの話というのはほんとうは正確な表現ではなくって、片方の声ばかりが延々と響いていた。
 そう、でも、もう辞めようかなとも、ちょっと思ってて。もったいない気もするけど。でもいくらなんでもねえ、あんな残業、おかしいもの。半分以上、残業代ついてないし。それにねえ、上司が、ええもう、だめなタイプ、人を見る目がない、頭があんまりよくないっていうか、ほら私、そういうのわかっちゃうのよね。
 ほうほうと私は思う。これがいわゆる、上から目線というやつか、そもそも、目線、ということばがこんなにもよく使われるようになったのは、いつからなんだろう、などと、私は思い、ぬるくなったラテに砂糖を追加して泡をかきまぜ、コーヒーよりもお菓子に近いものに変身させる。彼女は話しつづけている。そもそも、入ったのが間違いだった。ほかに最終面接手前まで通ってたところがあるのよ、落ちたんじゃないの、辞退したの、それ考えるとくやしくって。
 彼女は具体的な社名を挙げ、よほどのことくやしいのか、少しずつことばをかえて何度かその話を繰りかえした。ファーストキャリアの失敗を嘆く新卒二、三年目、と私は見当をつける。そうして心の中で彼女に呼びかける。落ち着きなよ、ガール。お友だちにも、少し話をさせてあげなよ。でももちろんその声は発されることがないから、彼女の話はつづく。
 私があのとき好きなほうを選びなさいって言ったから、と彼女は言う。ちゃんと選んでおけば、今ごろこんな思いしなくてすんだのに。私はひどく唐突に彼女の言うことがわからなくなって、思わず隣のテーブルを見る。四十代終わりに見える女がひとり、五十代半ばに見える女がひとり。前者の口から、あの子は、という語が飛び出して、私はようやく、彼女が自分の話をしていたのではなく、自分の娘の話をしていたことを理解する。
 いや、ある意味で自分の話をしていたのだ、と私は思いかえす。あの人は自分と娘の区別があんまりついていないのだ。そうして娘は、彼女の一部であるかのように、きっと行動しているのだ。そうじゃなかったら、あんなふうに、自分が働いているみたいな話しかたはできない。あんな、主体としての語りはできない。
 本をかばんにしまう。その動作で私は、そこで語られている紙の女について思い出す。知らないものでできている他者、触れた指先が切れてしまうような他者。そういうものは、きっと隣の人にはないんだろう。娘は、自分から切り取った肉みたいな、そういうものなんだろう。自分の知らない理由で永遠にここにやってこないかもしれない他者では、きっとないのだろう。娘はきっと今の仕事を辞めるのだろう。辞めると、彼女はそう言っていた。辞めさせる、ですらなかった。
 待たせてごめんねと友だちが言う。それからぱっと手をひらいて私の顔の前にかざしてみせ、ちいさく首をかしげる。どうした、ぼんやりして。さっきね、泥棒を見たの、と私は言う。とても怖かったよ。