傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

高所部の濃密な退屈

 私たちは高いところが好きなのでその集まりに高所部という名前をつけた。私は高いところから足元を見下ろして吐き気に似た恐怖で頭をぼんやりさせるのがなにしろ好きだ。インターネットでそのように話すと何人かが熱くそれに同意し、同好の士を集めてガラス張りのビルにのぼってうひゃーと怖がってそれから吊り橋や無防備な古いジェットコースターや屋久島の太鼓岩なんかについて語りあおうという話になった。私たちはいいだけ高いところをたのしんだあと地下のワイン倉庫みたいな店にもぐりこみ、自己紹介のかわりに(たがいを知らない人も多かった)この趣味に目覚めたときの話を順繰りにした。
 三番目に口をひらいた女性は見たところ四十の手前、髪をきっちりと束ね、おそろしく均整のとれた骨格の上にいかにも上質な薄い筋肉と薄い脂肪、ゆったりとした衣服を重ねていた。なにか優雅なスポーツのコーチみたいだと私は思った。私が中学生のときに、と彼女は言った。
 彼女は中学生で、学校が嫌いだった。彼女はきちんと毎日そこに行き、そうして、退屈の薄い毒がうっすらと浸透したような気持ちで家路についた。彼女の家庭は平屋の多い町の隅に防御壁としてそびえる団地のなかにあった。彼女はその巨大な団地の自分の家と反対側にある一角を好きだった。彼女が大人であったならコーヒーかお酒を出すところに行きたくなるようなとき、彼女はそこに行った。
 そこは人目のない死角で、四角い薄い箱のような仕切りと地面のあいだに完全な空白を有していた。彼女はあるときその薄い箱の上辺に座り、完全な空白を見下ろした。後頭部が痺れ、眼球の裏側から知らない感覚がにじんできた。奥歯が浮き、それが恐怖の一種であることを彼女に教えた。自分を覆っていたラップフィルムのようななにかが剥がれ、むきだしの神経のすべてがじかに世界に触れていた。
 薄い箱の上辺はある程度の長さを持っていた。やがて彼女はそこに立つようになった。彼女がそこを歩きはじめるまで長い時間はかからなかった。いち、に、さん。彼女はそれを数えた。道路の白線より少し太いそこを歩くこと自体に困難はなかった。彼女は彼女の運動に関する神経とそれが動かす筋肉が制御可能であることを感じた。彼女がそれにのめりこむとコントロールはすっとどこかに消え、彼女はぐらりと傾いて、かろうじて薄い箱の内側、団地に含まれる側に落ちた。
 彼女は自宅に帰り膝小僧に消毒薬を塗った。薄い箱の反対側に落ちたとき彼女の身に起きることを彼女は知らないのではなかった。彼女は小さいころから当然というより必然のような心もちで死について考えてきたし、それがもたらす圧倒的な忌避の感覚を知っていた。私はそれに心惹かれているのではない、と彼女は結論をくだした。私はただ世界に触れたいのだ。
 だから彼女はより慎重になり、快楽に飲まれないよう気を配った。ある種の心的状態だけが身体を完全にコントロールする力を生むことを彼女は少しずつ理解した。彼女はそれを求めた。彼女はやがてそれをしばしば手にするようになった。彼女は薄い箱の上辺でステップを踏み、ターンした。セーラー服のスカートがふわりと広がり、彼女はそれが触れる脚の皮膚のもたらす感触のすべてを感知した。夕日が美しく、しかしその美しさに彼女は目を向けなかった。彼女は視界のすべてを把握していた。なにかに目を向ければ「すべて」の一部がうしなわれる。彼女はそのことを知っていた。彼女は踊った。そしてその感覚が損なわれる気配を敏感に察し、安全な側に飛び降りた。
 そんなわけで私は高いところが好きなの。彼女はそのように話をおさめ、ほかのみんなが彼女を賞賛した。彼女はゆったりとそれを受け流した。どうもありがとう。でもそのことで私は死んでいたかもしれません。思春期はいやですね、死にやすいから。私結婚が早かったから上の娘が中学生なんです、団地に行こうとするかもしれない。
 私はロッククライミングを趣味とする私の友だちに目を向け、娘さんが将来高いところで踊るようになったらどうすると尋ねた。彼はひどく情けない顔をして無理無理無理そんなのぜったい耐えられない、とこたえた。彼の娘は三歳だ。みんなが笑うなかで彼は彼女に目を向ける。あなたは耐えられるんですか。耐えられますと彼女はこたえた。だって彼らは世界に触れたいんですから。退屈さえもうまく煮詰めてこんなふうにたのしむことができるようになってしまった私たちが彼らを止められるはずがないでしょう。男親ってばかですね。彼女はひどくやさしくそう言って、私たちはみんなで笑った。