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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

こっち向いてよ、ねえ、知ってるんだから

 子どもってすぐ熱とか出すよねと誰かが言う。まだからだができあがっていないからと別の誰かが言う。私たちは高校の同級生で、近隣の学年がまとまって集まる何年かに一度の同窓会の、大きな会場の隅のほうにいた。いちばん早い時期に子どもを産んだ元同級生の、その子どもがもう十になったというので、こっちが年とるはずだわあといような、定番のやりとりを私たちは済ませて、それから子育ての苦労話みたいなものに入ったところだった。
 四、五歳まではほんとにしょっちゅうお熱、でも小五だともうだいぶ安定してきた感じ。それを聞いて、私のふたつ隣にいた男がえっと言う。面影があるので名前を思い出すことができた。もちろん高校生のときと同じではなくて、年はとっているけれども、総体としての色あいみたいなものが変わっていない。おとなしいのではないけれども、はしゃぐときも何人かではしゃぐから目立った印象を残さない、そういう男の子だった。私は大人になった彼をちらりと見た。背は高くなく低くなく、痩せても太ってもいない。美しくなく、醜くない。洗練されているとはいえない。野暮ったくもない。わりと楽しそうで、でも少し退屈なようすでもある。
 彼は彼の隣の女の子、もと女の子である同級生に言った。小五とかでも休んでたよね、一学期に一回くらい。彼らは小学校から高校まで同じところに通った。幼なじみというほど親しくはなくて、ただ学校がずっと同じだったと、そういうことのようだった。彼女はちょっと目立つ顔だちで、そうして自分の容姿がすぐれていることをよく自覚しており、それに似合いのパッケージ−−髪型や上品に着崩した制服や、ごく薄い化粧品−−に身をつつみ、それらを引きたてる言動をマスターしていた。私の友だちは彼女をさして「完成品」と言った。まだ高校生なのにもう完成してるよね、彼女。
 彼女は今でもやっぱり、完成品だった。産後太りなんかに縁のないすらりとしたからだつき、それを包む奥さまふうすぎないワンピース、ぜんぶが同じ角度で上を向いているようなまつげ。よく見るとほんとうは飛び抜けて美しい造作なのではなかった。けれどもやっぱり彼女は美人だと私は思う。だってなんだか、美人って書いたラベルが貼ってあるみたいだ。彼女は少し笑ってそうね、とこたえる。彼の声は彼女だけに話しかける大きさをやや超えており、だから私をふくむ数人が、まだ発言はしていなくても、その会話のメンバになっていることが見てとれた。彼はその数人の上に視線を移動させて、言う。
 小学生男子ってばかだからさ、クラスでいちばんかわいい女の子が休んだとなると、争って彼女の家に行くわけ。配布物を持って行けるやつは幸運。ただ愚かしく玄関のチャイムを鳴らさざるをえない男の子もいる。彼女はそれを聞いてはなやかに笑う。子どもよねと言う。何人くらい来たと彼は尋ね覚えてないと彼女は首を振る。そんなことないよねと彼は言う。数えてたよね、だって、試してたんだから。
 私はそのせりふの意味を理解する前に彼女の顔を見る。美人の顔が崩れるかと思ったけれどもそれはやっぱり欠けることがない。なあに、それ。彼女はそう言って、視線ひとつでほかの何人かを新しく話の輪に引きこみ、ものの数秒でさっきの話題を過去のものにする。
 私は彼を見る。彼は苦笑する。今のおもしろかったよと私は言う。マキノさんはそういうのおもしろがりそうなタイプだもんなと彼は言う。どうせそういう小説を読んだことがあるんだろ。でも小説だと本人にだけ言うんだよと私はこたえる。この場でみんなに聞こえるように言うのは動揺させたかったから?けっこう動揺してるっぽかったよ。だといいなと彼は言う。ちょっとでも傷ついてたらいいなと言う。そうしてにっこりと笑う。私は続きをうながす薄い笑いをそこに加える。彼はしかたなさそうに、でも少しうれしそうに話す。
 みんなの前でないと、もちろん意味がない、言ってみれば長い逆恨みがぽっと出ちゃったようなものだから。僕はね、お見舞いになんか行かなかった。彼女がばかな男の子の頭数を数えていることをわかっているのは自分だけだと思っていた。そのように彼女を理解している僕を彼女は発見すべきだと思った。特別なものとして。でもそんなことは起きなかった、もちろん。彼女はクラスでいちばんかわいい女の子で、僕はその他大勢だった。あの子を好きだったんじゃない、好きになったことは一度もない。僕はただ自分が特別扱いされている誰かを傷つけることだってできるって、そういう権力を持っているって、そんなふうに思いたかったんだ。