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傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

健康で文化的な最低限度の生活のためのスキルセット(案)

 昼食を摂りながらほうれん草の冷凍のしかたについて話していると共通の知りあいが通りかかって、年ごろの男女の話題とは思われない、いいぞもっとやれ、と言って去った。私たちは大学生で、大学とアルバイト先が同じで、それぞれひとり暮らしをしていて、自分で自分の生活を支えていた。私たちは友だちだった。
 年ごろの男女にちょうふさわしい話題じゃんと彼は言って大学の食堂が無料で出すお茶をすすり、ほぼ水、とつぶやいた。それにしても成長したよねと私が言うと彼はそっくりかえって成長期だしとこたえた。背はもう伸びてないでしょうと返すとまだちょっと伸びてると言い張るのだった。
 彼が私にはじめて電話をかけてきてから三年が過ぎていた。大学に入学したころの彼は実になんにも知らなかった。彼は私の住んでいた女子寮みたいな下宿の玄関にあるピンク色した電話を鳴らし、あのさあ槙野さん料理とかする、と尋ねた。凝ったものは作れないけど毎日してるよと私はこたえた。炒めものをねと彼は静かに説明をはじめた。簡単だというから、作ろうと思って、フライパンを火にかけて煙を出すって聞いたんだけど、いつまで出してればいいんだろ。もう油入れてもいいかな。彼はそこで少し咳きこんだ。私はなるべく平静な口調を作った。油を入れてはいけない。火を消して。換気をして。フライパンに触ってはだめ。彼はそのとおりにした。
 フライパンから火柱をあげて火傷を負う危険から救われたために彼はいたく感心し、槙野さんはかしこいなあと繰りかえした。私がかしこいんじゃなくて彼が愚かなんだと私は思った。でも言わなかった。そうしてしたり顔で、なにごとも経験だよとこたえた。とても得意だった。
 彼は生活というものを知らず、それなのにそのほとんどすべてを一度に自分で背負うことになった十八歳で、私は生活のいくつかの側面についてあらかじめ学んだ十八歳だった。私は彼に調理の基礎を教え、夏場に台所を気持ちよく保つ方法を教え、シャツにアイロンをかける手順を教えた。彼は短期間でそれらを習得し、そのほかのいろいろな技能を身につけて私に教えるようになった。彼は私に年金の免除申請について教え、防水スプレーの適切な使用法を教え、自転車のパンク修理のしかたを教えた。
 二十歳を過ぎると少し余裕ができたけれども、稼ぎくちについても相変わらず情報交換を怠らなかった。どうしてそんなに働くのと訊かれて「遊ぶ金ほしさだよ」とこたえた彼の物言いを私がおおいに気に入ったために、私たちはアルバイトにも倹約にもその言い回しを遣った。遊ぶ金ほしさって最高だよねと私たちは繰りかえした。生活費のための労働をクリアしたうえで人並み以上に遊びまわっていたのはたぶんある種の意地だった。私たちは自分をみじめだと感じないためにならおよそなんだってできたのだと、年をとった今では思う。
 九時五時ってどんな感じかなと彼は言った。もっと働くよ、残業とかするでしょうと私はこたえた。私たちはしばらく黙り、来たるべき厳しい社会人生活について思いを馳せた。そのとき自分たちがどんなふうに過ごすのか少しも想像できなかった。
 私たちはこれからの生活のために学ぶべき事項を数えあげた。まずは税金や保険という荒野が横たわっている、と私たちはうなずきあった。住民税とか所得税とかあるじゃん、あれって難しいの。会社がやってくれるんじゃない。そうかなあ。心配だね。調べてみよう。健康保険は。国民健康保険じゃないやつ。それも会社が勝手に入れるんじゃないの。何それ会社ってなんでもしてくれるみたいじゃん。会社ってドラえもんなの。そんなわけないよなあ。じゃあこれも調べておかなきゃね。あとほかにも保険ってあるよね、いざというときの的な。
 まともに生きるってたいへんだと私はぼやいた。彼は片眉を上げ、健康で文化的な最低限度の生活、と言った。そのために必要な能力ははかりしれない。でもだいじょうぶ。槙野が電話してきたら僕が教えてやる。僕が電話したら槙野が教えてくれる。僕らはそのための能力を必ず手に入れることができる。今まはまだその一部しか知らないけど、これからそのセットを完成させて、がっちり身につける。だからだいじょうぶ。健康で文化的な最低限度の生活、と私は繰りかえし、私たちは笑った。そのせりふは私たちのお気に入りに加わった。
 彼と連絡をとらなくなって数年になる。彼の妻が彼の女の友人を好まないのでそうしている。けれども私は、おそらく彼も、健康で文化的な最低限度の生活を保持しているのだから、それだけでいいのだと私は思う。