傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

私の手を引いて

 私たちはお行儀よく並んで天使の声を待っていた。いちばん前は教会の扉がひらくまでりんごをかじりガラス瓶に入った炭酸水を飲んでいた東欧系のカップル、そのうしろはドイツ語を話す団体。その後ろに日本人の私たち。私はウィーンに来てから知りあった留学生の女の子と一緒で、さらに後ろに並んだ女性たちも日本人だった。
 並んでいるあいだ私たちはいくらか話をした。女性たちのひとりは留学生と私の顔を等分に見て、強いのねえ、えらいわねえと何度も言った。ひとりで外国に勉強に来るなんてねえ。ドイツ語が話せるだなんてねえ。私は二度ばかり彼女のことばを打ち消した。留学生はこのひとだけです、私は、ただの観光客です、ドイツ語だってできません。
 でもひとりで来たのでしょうと彼女はいう。それになんだか話していたじゃないの。立派なことねえ。私はあいまいに笑ってちいさい声でこたえる。一度ひとりで海外に来てみたかったんです、何度か人に連れてきてもらって、それから、外国にいる人をたずねて、でもいつまでもそんなふうにしているわけにいかない気がして、自分だけで、遠くに来たかったんです、話しているのは、簡単な英語だけです。
 怖くないのと彼女は尋ねた。怖くないですと私はこたえた。観光旅行ってそんなたいしたものじゃないですよ、インターネットでパッケージツアーが売っているし、個人旅行に強い旅行代理店だってあります、私はただ来て、うろうろして、帰るだけです。
 彼女は首を横に降り、私はもうこれっきり外国に来ることはないわと言った。連れてきてもらう機会がないから。でもこうして来られて、若い勇敢な人たちとお話をして、すてきねえ。この教会は夢みたいねえ。
 私たちはしばらくミサ曲のリストをながめた。私はそのうちのひとつふたつしか歌えなかった。彼女はぜんぶの曲を知っていた。女声は両方歌えますと、少し得意げに言うのだった。音域はソプラノですけれどね、ずっと主旋律を歌っていると、音痴になりますよ、あなた。
 なるほどと私は言った。しばらく留学生と話してから、さっきまで話していた女性が落ち着かない様子をしていることに気づいた。どうされましたと訊くとお手洗いに行きたいのとちいさい声で言う。
 じゃあすぐに行かないと。そう言ってから二秒あとに気づいた。この人はひとりで動くことができないのだ。一緒に来た人たちのなかの、ツアーコンダクタの役をしている人が視界から出てしまう場所には、一時たりとも。
 お連れしますよと私は言った。私もちょっと行きたいです。でも、と彼女は言う。なんだか悪いから。私はさっさとその場を離れた。そうして振りかえると彼女はついてきていた。私はホールの入り口の係員にその場所を尋ね、三階だそうですと彼女に言う。
 早足で少し息を切らしながら、すごいのねえと彼女はくりかえす。少しもすごくなんかない。ただ化粧室に行くだけだ。そう思ってから電流のように私は気づく。
 私だってきっとこんなふうだった。外国なんて怖かった。外はみんな怖かった。自分はどこへも行けないと思っていた。そうじゃなくなったのはいくつかの幸運なできごとといく人かの親切な人々のおかげで、つまり、ひどく脆いいくつかの偶然によって為されたことだった。
 急いで戻りましょうと言って手を伸ばすと彼女はそれをしっかりとつかんだ。階段を降りながら私は思った。私はこの人だったかもしれなかった。この人は当たり前の顔をしてどこにでも行ける気になっている私の、かつて持っていた大きな可能性だ。世界はこんなにも美しいのに、少しのお金とささやかな知識と自分に対する信頼があればそのなかのたくさんの場所に行くことができるのに、この人はそれを永遠に知らずにすごすのだ。でもそれは、ただの不運なのだろうか。
 その何秒間か、私は彼女になった。「私」は「彼女」の背中を見た。ひとりで遠くに来た「彼女」はずいぶんと頼もしく、しかしいささかみじめであるようにも見えた。「私」は常に誰かの庇護のもとにある甘やかな安定を知っていた。世界が不可解な荒野であり、その中にオアシスのように自分に適した場所があることを知っていた。そこへ連れていってくれる相手を手に入れる知恵を持っていた。誰かの手に引かれて歩くことの正しさを知っていた。
 私は振りかえらず、自分のためだけにほほえんで彼女の手を離した。彼女はありがとうと言った。間に合いましたねと私はこたえた。パイプオルガンの下に神さまの合唱隊が集まり、私たちは息を止める。

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